講義十 人類の脅威
次元解析法システムが利いてないってことだな
敵の総数――
心細そうにリリィが身を寄せて俺を見上げた。普段の自信がなりを潜め、眉尻を下げた顔はいつになく不安げだ。
「カイ先生。いったいどういうことなのでしょう? また学園が異形種に襲われるなんて……」
「
駐屯している軍属魔導士による迎撃部隊の編成が進む。警報と緊急避難放送はひっきりなしだ。学園の生徒たちにも校舎への避難指示が出されていた。
現場指揮官の表情の厳しさから、事態の切迫具合が解る。
部隊編成指示が一通り終わったところで、現場指揮官らしき魔導士に声を掛けた。
「私は学園の教士です。学園長にはあとで私から話しておきますので、負傷者を安全な学園の敷地内に移してはいかがでしょうか?」
身分証明のIDを見せて提案すると、指揮官は「そんな猶予は無い! 教士ごときが口出しするな」と、言って捨てた。まあ当然だ。魔導士だろうと学園の教士だろうと、民間人の出る幕ではない。
見かねたのか、バスティアンが俺と指揮官の間に入る。
「お待ちください。彼の言うことはたしかです。負傷者の避難については私と彼に一任していただければと、思うのですが?」
バスティアンの顔を見るなり指揮官が目を丸くした。
「こ、これは王立研の……」
存外顔が広いらしく、バスティアンは指揮官に謙遜しながら続けた。
「私なんて大したことはないですよ。それで……ご返答は?」
一瞬、バスティアンの細めていた瞳が冷たく光った気がした。慌てて指揮官が敬礼する。
「は、ハハッ! ですが怪我人の搬送に割ける車両は……」
編成を済ませた軍属の魔導士たちが、次々と輸送車両で学園都市の東方面に向かっていく。
俺は指揮官とバスティアンに告げた。
「それなら学園の車両を使えば問題ないだろう? ちょっと……ひとっ飛びして取ってくるか」
マジックロッドを両手に構えて、俺は飛翔の魔法公式を構築した。左右の手に握った白と黒の高速型試作ロッドがうなりを上げた。
途端にバスティアンと指揮官の目が点になる。
「そ、それがカイさんの力なのですか」
細かく説明している暇は無い。頷くと俺はリリィに告げる。
「リリィはローザのそばについていてやってくれ。俺は一度学園に戻って車両をこっちに回す」
「わ、わかりましたわ!」
あんな別れ方を体験してしまったからか、ローザを独りにはできないとリリィも素直に指示に従ってくれた。
俺が飛翔で飛び立とうとした瞬間――
病棟からピンクの入院着の裾をはためかせて、黒髪の少女が姿を現した。
キッと東側の空を見据える。その表情は憤怒と憎悪に満ちていた。
すぐにリリィが駆け寄る。
「ローザ! 安静にしていないと身体に障りますわ! すぐにカイ先生が避難を……」
言葉を遮ってローザは言う。
「避難なんてしてられないわよ」
リリィが声を荒らげる。
「怪我人な上にマジックロッドも失って、まさか一緒に戦うなんておっしゃらないですわよね!?」
ローザは頷くと、静かな口振りで返した。
「ええ……っていうかね……あたし独りでも戦うわ。異形種をこの世界から一匹残らず駆逐するまで」
リリィは正面に立つと、ローザの両肩をぐいっと掴んだ。
「しっかりなさい。魔法が使えなければ足手まといですわ。ここはわたくしとカイ先生に任せて、安全なところに避難してくださいませ」
「安全なところなんてないわよ。敵の総数は精鋭が一万二千。マンティス型とスカラベ型を中心に、ソルジャーアント型も多数いるわ。現状の学園都市の戦力じゃギリギリで対処できないよう編成されてるの。前線基地からの救援もタッチの差で間に合わない!」
叫ぶローザの言葉は、普段の勢いばかりが先行しがちな彼女のモノとは思えないものだった。激しい感情の中に一握の冷静さを保っている。
どうして
俺は飛翔の魔法公式を維持したまま、ローザに詰め寄る。
「なんで解るんだローザ?」
しゅんとローザのハネッ毛が垂れる。怒りの形相はなりを潜め、その表情は悲しくも苦しげだ。震える声で彼女は続ける。
「聞こえたから……このピンチを呼び込んだのは全部……あたしなの」
ローザの視線がそっとリリィに向いた。
リリィはじっと黙り込んでローザの言葉を待つ。俺は促す。
「なにを気づいたんだ?」
ゆっくり頷いてからローザは胸の内を言葉にする。
「信じられないと思うけど……あたしの中に……異形種がいるみたい」
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