誰かを好きになったことはありますの!?
三人を引き連れて街に出る。
第一研究棟のお膝元、城下町のように広がる研究都市をしばらく歩く。俺が先導しながらこの界隈を紹介した。
といっても、万年研究室暮らしで、宿舎や店の場所をある程度把握しているくらいだ。土地勘はあるがゆっくり食事が出来る店を知らないことに、今になって気づいた。
結局、女子三名の意見を尊重して、俺たちはパンケーキの専門店に腰を据えた。
テーブルに着き注文を終えてしばらく……大きな皿が運ばれてくると、ローザの瞳がキラキラと輝く。
「キャー! なにこれ! すごいわよカイ!? クリームの巨塔ね」
花びらのように並べた五枚のパンケーキの中心に、うずたかく生クリームがそびえ立っていた。パンケーキの周囲を飾る色とりどりのフルーツが眩しく、目に痛い。見ているだけで胸焼けしそうだ。
「さすがキャピタリアで最近流行中の南国風パンケーキですわ♪」
リリィも同じくスペシャルパンケーキを前に、ニッコリ上機嫌だった。先ほどまでの俺を追究する厳しい表情が嘘のようだ。
二人に促すようにアストレアが言う。
「それじゃあ、たべちゃおっか! カイは見てるだけでおなかいっぱいみたいだし」
アストレアは同じものを三人前頼んだ上に、クリームを大盛りにしていた。もはやクリームで下に敷かれたパンケーキが見えない。
俺はブラックコーヒーだけで充分だ。三人が同時に黄色い声を上げる。
「「「いっただっきまーす!」」」
テーブルには白いココナッツのソースと、黒蜜のシロップが備えられている。こんなところでも白黒でわかれるのだが、意外にもローザはココナッツソースに「美味しい! こんなの食べたこと無いわ!」と興奮している。リリィは黒蜜ソースを気に入ったようで「このちょっぴりビターな感じが大人の風味ですわね」と、ますます上機嫌だ。
アストレアは一皿をココナッツソースでぺろり。もう一皿を黒蜜ソースでこの世から消し去り、最後の一皿は二種類のソースを混合してあっさりと平らげた。
食後に熱い紅茶を飲みながら、三人は談笑する。アストレアと再会してすぐの、あの緊張も食事のテーブルを囲んだことで、いくらかほぐれたようだ。
ウェイトレスが皿を下げて、テーブルの上がすっきりしたところでアストレアが俺に向き直る。
「それじゃあ今夜、カイの部屋に行くね」
瞬間――俺は三杯目のコーヒーを吹き出しそうになった。
「うっ……いきなりなにを言い出すんだ」
「早いほうがいいでしょ? えっと、必要な道具はあたしが持ってきたから。あの腕にがっちゃんってやるやつ」
言い方が誤解を招くから、これ以上アストレアに喋らせるのはまずい。
再び表情が固まったローザとリリィに、俺は説明した。
「早まるなよ二人とも。ええとだな……俺の魔法力低下を治す方法なんだが……」
アストレアがニッコリ笑う。
「二人で密着して一晩をともにするんだよねー!」
「人が説明する前に誤解しか招かない言い方をするな」
ローザとリリィはお互いに顔を見合わせると、耳打ちしあった。
「訊きましたかしらローザ? 大人って不純で不潔な生き物ですわね」
「ええ訊いたわリリィ。一晩をともにするってつまり……その……そういうことでしょ?」
内緒話が漏れまくりだ。わざと俺に聞こえるようにやってるな。
「いいから説明させてくれ。まずリンカーギアという魔導器を使って、俺とアストレアの魔法力の同期をとる。そして繋がりを確立して意識を深層レベルにまで落とすことで、二つの魂を共鳴させるんだ」
リリィがびしっと俺の顔を指さした。
「や、やや、やっぱり不純ですわ! つ、つつ、繋がりを確立するなんて」
「それで?」
ローザはいつの間にかマジックロッドを手にしていた。警棒のように手のひらにロッドの軸を何度もタシン……タシン……と、当てるようにしながら、疑いの眼差しで俺に告げる。
返答次第でぶっ飛ばすとでも言いたげだ。
アストレアが笑顔で返した。
「すっごく気持ちいいんだよー! カイと繋がるのって」
「お前は黙っててくれアストレア! お、おいローザ。この店、気に入ったよな? パンケーキは美味かっただろ? そんな店の中で黒魔法をぶっぱなして、営業停止にするのはもったいないと思わないか?」
「なら、あとでちょっと表で話しましょう。そうね……建物とか民家とか無い広い場所がいいわね」
ローザの視線がそのままアストレアに向いた。
「ところでカイとはいつくらいまでいっしょだったの? じゃない、だったんですか? シディアンとはその……同じようなことしたんですか?」
アストレアは困ったように眉尻を下げた。
「え、えっとねー。シディアンとレイ=ナイトとは、あんまり仲良かったわけじゃなくて仕事上のお付き合いだったんだぁ」
さすがのアストレアも、ここ一番では口が硬い。が、ローザはますます疑惑を深めたようだった。
「カイは本当に知らないの? 同じ戦場にいたっていうけど、共闘してないにしても、遠目に見たとか……嘘ついたら、あたしのマジックロッドから青い閃光がほとばしるわよ?」
それはまずいな。なんとか話を逸らさなくては。
「な、なあリリィ……そろそろローザを止めてくれないか? 友人が間違った道に進もうとするのを止めるのだって友情だぞ」
リリィは残念そうに眉尻を下げた。
「もちろん間違っていれば引き留めますけれど……カイ先生、わたくし蘇生のような超高度の魔法は、まだ習得していませんので……大変残念ですわ」
「残念で済ますな。だ、だいたいだな。俺は大人でアストレアも大人だ。大人同士の付き合いを。未成年の二人にとやかく言われる筋合いはない」
リリィの頬が赤らんだ。
「大人の……お突き愛ですって?」
「脳内で変な変換しただろ」
「そ、そもそもカイ先生は……誰かを好きになったことはありますの!?」
「お、お前、このタイミングでそういうこと訊くか!?」
俺とローザのやりとりを眺めていたアストレアが、楽しげに目を細めた。
「カイは好きな人がいっぱいいるんだよねー? ずっと前に言ってたの覚えてるよぉ」
リリィが椅子から腰を浮かして前のめりになる。
「ど、どどどどどういうことですの!? まさかハーレム的な……」
「ち、違う! おいアストレア! 俺はそんなこと言った覚えなんてないぞ!」
ちっちっちと、アストレアは立てた指を左右に振った。
「あれはものすごーい戦いのあと、だだっぴろい荒野でねー……荒涼とした大地の真ん中にぽつんとそびえた岩山の上から、昇る朝日を見てカイは言ったの。『俺はみんなが好きだから、この世界を守ってみせる』って。カイの愛は大きすぎるんだよねぇ。独り占めするのは大変だよ? 世界と天秤にかけられちゃうんだから」
いかん。そんな事を言ったような記憶が……ある。やばい顔から火が出そうだ。
リリィの顔がますます真っ赤になった。
「さ、さすがカイ先生ですわ! なんて……壮大ですの。ある意味、百人切りとかよりも恥ずかしいですわ」
恍惚の表情をやめてくれリリィ。なんだ百人切りって……。
アストレアが付け加えた。
「そういえば、あの日も一緒に二人で朝を迎えたっけ。一晩中カイってば大暴れだったんだよ。すっごく強いんだから」
岩山の上に登ったのは、数万の大群に包囲されたからだろうに。一晩かけてアストレアと二人で殲滅したっけな。若いころは無茶できたもんだ。
ローザが口元を緩ませる。その視線はアストレアに向いた。
「ねえアストレア。カイと初めて……その、今日やることをしたのって、何歳の時?」
「えっとぉー……たしか14歳だったかなぁ?」
うっとりしていたリリィの眉が、ピクリと動いた。
「ロリコンですわ!」
「ロリコンじゃないの!」
ローザも息ぴったりでリリィに合わせる。それから二人して「「ということは……条件さえ満たせばわたくし(あたし)たちも……」」と不穏なユニゾンを奏でる。
アストレアは「あっはっは~!」とお気楽そうに笑ってから俺を弁護した。
「そんなことないよ。カイだって17歳だし。三つしか違わないから大丈夫大丈夫」
俺はガタッ! と椅子を引いて立ち上がった。
「わかった。口で説明するより、実際見てもらう方が早い。二人には今夜……儀式を見てもらう。それでやましくないことをきちんと証明するからな! なんだったらレポート書いて提出しろ。良く書けていたら単位の足しにしてやるから」
逆切れした俺に、ローザもリリィ急にしおらしく、膝頭をこすりつけるようにもじもじっと恥じらいだした。
「ちょ、本気で言ってるわけカイ!?」
「冗談のつもりでしたのに、は、はははは恥ずかしいですわ!」
今さら遅い。二人には今夜一晩、大人をからかった罰として仕事をしてもらおう。
儀式の最中、俺とアストレアが完全に無防備になってしまうからな。信頼の置ける護衛役に二人はこれ以上ないほど適任だった。
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