講義十三 守るべきモノと超えて行くモノ

頼むから力を温存してくれ

 群がる異形種の集団に、ローザが瞳を光らせた。


「あんたたち、まさかあたしに逆らおうっていうわけ?」


 人間のそれではない、異形種の魔法力を漲らせてローザは彼らに語りかける。リリィが目を丸くした。


「ま、まさかまた、あの力を使いますの!?」


 なだらかな胸を張ってローザは得意げに頷いた。彼女は女王の如く振る舞い、異形種を食らうことができる。


 が、その威光は新たに生まれた異形種に届かなかった。


「あ、あれぇ? どうなってるのよ! あっ! “声”も聞こえなくなってるし!」


 あたふたするローザめがけて、マンティス型が飛びかかった。俺は黒獣で風刃を放ってマンティス型をバラバラに切り刻みながら、ローザを庇うように前に立つ。


「どうやら向こうも情報漏洩に気づいたみたいだな。この異形種たちがバスティアンによって生み出されたのなら、恐らく奴の命令しか受け付けないようになっているんだろう」


 ローザは口を尖らせて「しょうがないわね。まったくもう」と、マジックロッドを構え直した。


 リリィはすでに、光弾で遠距離からソルジャーアント型を中心に狙撃して数を減らしている。


「それで作戦はどうしますのカイ先生?」


「中の状況次第だが、二人には自力で根付く前の巣を排除してもらう」


 ローザがキラッと金色の瞳を輝かせた。


「排除って、あたしとリリィがマグレで成功させたっていう、アレよね? 対消滅理論ラグナロク!」


 前回は俺が実演して動きをトレースしてもらったのだが、その時の記憶が二人とも曖昧なままだ。後日、座学で復習したものの、実際に魔法を起動しての実習はできなかった。


 万が一にも暴走した時に、魔法力切れの俺では二人を止められないからだ。


 だが、今は違う。アストレアのおかげで魔法力も戦える程度には戻り、なによりもこの両手には、俺の全力に応えてくれるマジックロッドがある。


「ともかく、二人ともできるだけ力を温存して、殲滅ではなく自衛に専念するように。このまま俺に着いてきてくれ」


 都市部ということで広域破壊魔法である虚蝕(ヘカトンケイル)はむやみには使えない。そもそも巣が構築されつつあるなら、破壊による誘爆を防ぐためにも対処法は封印か完全排除のどちらかだ。


 目指すは研究棟の中央部――竜脈制御室。異形種が巣を張るにはうってつけの場所だ。


 波のように殺到する異形種の群を、俺は思うままにマジックロッドを振るって倒す。


 わざとこちらの手の内を見せつけるように。黒魔法も白魔法もふんだんにそれぞれを織り交ぜて、連携の巧みさを自負するが如く。


 蛇のようにのたうち建物を破壊しながら、巨大なムカデ型異形種が迫る。そいつの動きを重圧で止めて、即座に石化で全身を固めて粉砕した。


 ローザがぽかんと口を開ける。


「え……ええ!? 今のって第九界層レベルの魔法でしょ? 魔法力は感じたけど魔法公式が一瞬しか見えてないし! 超高速なんてもんじゃないわ」


 それでもかろうじて見えているなんて、良い目だな。並の魔導士では魔法公式の展開を認識できない速度なんだが、金色の瞳のおかげだろうか。


 リリィも「カイ先生の本気は、もしかしたらレイ=ナイト様にも比肩するのかもしれませんわね」と、光弾を乱射しながら溜息を漏らした。


 敵の攻撃のパターンが変わる。大型では良い的にしかならないと理解したようだ。

 続けて巣穴と化した研究棟から飛び出したのは、無数の飛蝗型だった。大きさは中型犬程度だが、数も多く跳び回るため動きも不規則で狙いがつけにくい。


 迎撃行動に移ったローザとリリィは、あえなく翻弄された。


「ああもう! なんで当たらないのよ!」


「これは厄介ですわね」


 そんな俊敏な飛蝗型を、俺は雷槍を無差別にまき散らして仕留めた。常に白夜によって俺自身には加速がかけらている。敵から攻撃を食らうことはあり得ないため、本来なら鉄壁や輝盾に回す魔法力も加速につぎ込んだ。


「二人とも狙いが甘いぞ。無駄打ちは消耗するだけだ」


 ローザが眉尻を上げた。


「カイの魔法だって半分は敵に当たってないじゃない!」


「三回打って一回しか当たらないよりはいいだろ」


「むうう……それはそうかもしれないけど……」


「今の俺は第四界層程度の魔法なら、魔法力消費無しで使えるからな」


「ちょ、ちょっとなによそれ!? ずるいじゃない! ああもう! 範囲魔法でぶっ飛ばしたいんだけど!」


「頼むから力を温存してくれ」


「ううぅ、わかってるわよ」


 炎矢を外しまくったローザは反撃のペースを緩めた。それでいい。


 この状況は俺が使える黒魔法をローザの前で実演するには、うってつけだ。


 少しずつだが、こちらが押している。確実に研究棟の建物が近づいてきた。


 ローザもリリィも自分の身を守りつつ、時には互いをカバーしながら、俺の魔法を熱心に見つめる。


 恐らく先兵として送り込まれたこの異形種たちを通して、俺の手の内はバスティアンにも送られているのだろう。


 異形種の湧き出す数が減り始め、こちらの進軍は止まらない。俺たちは再び建物へと戻る。白く無機質な印象だったロビーは、みるも無残に破壊し尽くされていた。


 敵が途切れたところでローザが俺に訊く。


「あんなにじゃんじゃん魔法を見せちゃって大丈夫なの?」


 彼女も異形種を通じてバスティアンが情報収集をしていることに気づいていた。

「ああ。奥の手は残してあるからな」


 限り無き灰色の魔法系統アンリミテツド――脱出のために跳躍と飛翔を使っているが、これらが白と黒、二つの魔法を合わせて生み出されたものとは、バスティアンもまだ認識できていないだろう。


 認識の外からの攻撃を準備するために、たっぷりとエサを撒いてから、俺たちは破壊されたロビーを抜けて建物の中心部へと急いだ。

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