やあ、いい気味だね……実験動物

 なーんて、言ってはみたけど……正直不安で仕方ない。


 リリィにはちゃんとお別れを言えなかった。これで不義理は二回目だから、きっと次に会う時にはものすっごっく怒るんだろうな。


 軍用列車の乗り心地は最悪な上に、異形種との通信を遮断するからって理由で、あたしは貨物庫の檻の中に閉じ込められてしまった。金属剥き出しの床が冷たくて、お尻が痛くなりそう。


 どうしても異形種の通信から遮断するのに必要だからって言われたけど……クッションの一つくらい要してくれてもいいのに。


 それに貨物庫には窓が無いから、時間の経過もわからないし退屈。


 カイとリリィと一緒にキャピタリアに行ったあの日が懐かしいな。

 サンドイッチ……美味しかったな。


 思い出したら、ぐううううっと、お腹が鳴った。


 ああ、もう。我ながら緊張感が無いんだから。

 だんだんと暗闇に目が慣れ始めてきたその時――真っ暗な貨物庫の扉が開いて、向こうから照明の光が射した。


 小さな影がこっちに向かってくる。


「やあ、いい気味だね……実験動物。首輪をつけて鎖で繋いだらもっと見物になりそうだよ」


 手にしたマジックロッドで光球を作り、それであたしのことを照らしながら嫌味ったらしく笑う――アオイ。こんなやつの世話にならなきゃいけないなんて、最悪すぎる。


 けど、どんなことがあっても我慢して治療して、あたしは学園に戻らなきゃいけないんだ。


 ニヤつくアオイに言い返した。


「実験動物って……あたしは人間よ。っていうか女の子なんだから、もう少し丁重に扱えないわけ? 今すぐおやつと温かいお茶と、それからふかふかのクッションを要求するわ」


 アオイは目を輝かせて言う。


「そんなの必要無いんだよ。キミにはキャピタリアまで眠っててもらう。次に目が覚めた時には……フフフ……まあ、楽しみにしてるといい」


 不意にアオイが魔法公式を組み上げた。抵抗しようにもマジックロッドがない。

 嫌な予感がする。あたしはあたしの中に巣くう“なにか”に呼びかけた。この力を使うほど自分が人間じゃなくなっていく気がするけど、その嫌悪感すら超える負の感情を、アオイからは感じる。


「無駄だよ。その檻には停止信号の結界が組み込まれているからね」


 力が……出せない!? そっか……あたしってバカみたい。この檻はあたしを守るためのものじゃなかったんだ。


 睨みつけてもアオイは涼しい顔だ。


「いくら獰猛な獣でもね、檻の中にいるんじゃ無力さ。ボクとバスティアン先生の栄達のために、キミにはこれから死ぬまで存分に働いてもらうよ。あのカイとかいう旧式ポンコツは、もう二度と王立研に近づかせさせない。キミさ……まさか学園に戻れるなんて思ってないよね? バスティアン先生がそんなことを許すわけないじゃないか」


 アオイの目は虚ろで、ろれつも所々怪しい。


「フフフ……ハハハハ……このあと研究棟に戻ったら、すぐにキミの身体から抗体を抽出するんだ。バスティアン先生、きっと喜ぶだろうなぁ。いっぱい褒めてくれるだろうなぁ」


「あ、あんたさっきから、なに言ってんのよ」


 やばい。こいつ……目がイッちゃってる。


「なにって……ボクと先生で世界を救うのさ。異形種を糧に人類はさらなる進化を遂げるって、先生も言ってたし。ああ……けど先生って変なんだよ。ボクと二人だけの時は、すごく厳しいのに……他に誰かいる時は、ボクはサリバン家の次期当主らしくしろって……先生をいじめるつもりなんてないのに、そうしろっていうんだ! ね? 変でしょ?」


 訊いてもいないのにベラベラと……あれ……? アオイの背後に糸みたいなものが見える。


 意識を瞳に集中させると……うん、やっぱり見えるわ。なにかの魔法? ああもう、リリィやカイみたいに知識があれば、正体がわかるのに。


「おっと! おっかないなぁ。封印してるのに目の色が変わるなんて……あとで先生に報告しておかなきゃ。それじゃあお休み♪」


 アオイのロッドの先端から光球が消えたかと思うと、別の魔法公式が展開した。


 それは眠りを誘う雲になってあたしを包み込む。まどろむ心地よさにあらがえず、意識がだんだんと白い闇の中に遠のいていった。


 首都の行くと決めたのはあたしだけど……しくじったな。


 カイ……リリィ……こいつら……まともじゃ……ないみたい……。

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