講義五 新型魔法公式

貴方は本物のカイ・アッシュフォードなのですか?

 翌日――


 ローザとリリィとは別行動を取ることにした。バスティアンの根回しで二人は今頃第三研究棟だろう。二人には見学した内容のレポート作りを指示してある。


 そこでは白黒両属性のマジックロッドや、戦士用の武器開発を行っているので昨日ほどはローザも退屈しないだろう。


 二人と離れ、俺は独りで第一研究棟にやってきた。受付で登録を済ませて中に入る。昨日の見学権限ではなく、今日の俺は仮ながらも主任研究員扱いだ。


 ラボへと続く自動扉は恭しく俺に一礼でもするように、前に立っただけでスッと開いた。


 行き先は機密保管庫だ。


 入り組んだ迷宮のような廊下を進み、その最奥にある建物の中心部にたどり着く。


 広間の中心に三メートルほどの巨大な金属製の扉が鎮座していた。他とは壁の厚みが違う。物理的な厚みだけでなく、保管庫を囲むすべての壁面に強力な結界が張り巡らされていた。扉の金属も魔法によって強化された重厚なものだ。


 触れただけで感知されるため、俺は目視で結界を確認する。複合的な結界だ。こいつを突破するのは骨が折れるな。


 腰にぶら下がったポンコツ二本が恨めしい。この中にあるかもしれない「黒獣」と

「白夜」さえあれば、こんな結界なんて訳ないんだが……と、矛盾しているな。


 フッと、背後に気配が浮かび上がった。


「おや、こんなところにお一人で……泥棒の下見だったら悪い事は言いませんから、およしなさい」


 柔和な声には聞き覚えがある。振り返ると、紫髪の男が細めた目でじっと俺を補足していた。主任研究員――バスティアンだ。


 やれやれと俺は小さく手を扇ぐように振った。


「泥棒とは失礼な。ちょっと迷子になったんだよ」


「かつて第一研究棟の主任研究員だった貴方にとっては庭みたいなものでしょう?」


「俺は自分の研究室からあまり出歩かない性質たちでな」


 妙だな。まるで俺が訪れることを知っていたみたいなタイミングだ。


「貴方は本物のカイ・アッシュフォードなのですか?」


 その質問には疑惑に加えてにじみ出るような俺への“敵意”を感じた。

 まあ、仕方ないか。なんで俺がラボエリアに入っているのかも不明なら、機密保管庫前にいるなんて怪しすぎる。


 無表情な面のように眉一つ動かさず、バスティアンの追及は続いた。


「かつての主任研究員ですが、現在は部外者の方がどうやってここまで入ったというのです?」


 俺は先ほど受付で発行された許可証を見せた。


「昨日は教士として見学の引率だったが、今日は臨時研究員として仕事をしに来たんだ」


 許可証は議会承認済みの公的なものだ。


 バスティアンから警戒するような空気が霧散した。


「なるほど、そうでしたか。私としたことが疑ってしまいました。申し訳ない」


 どうやらわかってもらえたらしい。


「そこで一つ相談なんだが、この中にあるっていう二本のマジックロッドを使わせてくれないか?」


 駄目元で訊いてみると、バスティアンは頷いた。


「ええ、構いませんよ」


「な、なに!? 本当にいいのか?」


「議会の過半数の承認を得られれば……と、先日もお話しましたよね。お察しください。そもそも貴方がいくら優秀な研究者でも、保管庫内に封印された『黒獣』と『白夜』は英雄でなければ扱いきれない代物と聞いています。使える保証もありませんよね?」


 正体を明かせば、俺の話をもう少し真剣に聞いてくれるかもしれないが、かといってバスティアンに保管庫を開ける権限は無い。ここは黙って退散するとしよう。


「ああ、そうだったな。今のは冗談だ。忘れてくれ。それじゃあ俺はこれで……」


 立ち去ろうとすると退路をバスティアンに塞がれた。


「カイさん。一つ伺ってもよろしいですか?」


「一つと言わずなんでも訊いてくれていいぜ」


 小さく頷いてからバスティアンは告げる。


「カイさんは今のキャピタリアを……いえ、この世界をどう思っていますか?」


「世界を引き合いに出すなんて、えらく大きくて、とりとめの無い話だな? まあ、あんまり良くはないだろう」


「誠に同感です。異形種という脅威はもちろんですが、この不穏さや不安定さはむしろ人類側に問題があると思います。特にここ十年の腐敗と退廃はひどい……と、戦場にも出ず後方で震えていた私に言えたことではありませんが……ともかく、今の世界

はおかしいのです」


 世界が悪いってのは、割と思考が視野狭窄に陥っている時に出がちな言葉だ。バスティアンは冷静で大人のように思っていたんだが、俺の勘違いか。


「おかしいって、具体的には?」


「勇者アストレアは飼い殺しにされているではないですか? 彼女に政治的野心が無いのは会えばわかるというのに……軍部の中枢に据えるべき大人物を、一介の戦闘教官においたのは三百人議会です」


 半分は前線に近い方が良いというアストレアの希望もあるんだろう。それが議会の思惑と合致した結果だ。もちろん、彼女を辺境送りにするには飽き足らない一派もあるのだろうが……。


 俺は内心の反論を胸にしまって頷いた。


「なるほど。たしかにな……」


「おお、わかってくださいますか!」


 声を大きくしてバスティアンは俺の手を両手で包むように握った。その手をブンブンと上下に振る。


「お、おいおい。オーバーだな」


「議会の欺瞞に愛想を尽かして、英雄……シディアンとレイ=ナイトも世を捨て野に下ったのですよ。彼らのような天才が世界を導くべきなのに……議会とは名ばかりの世襲制ですからね」


「いいのか? サリバン家に恩義があるって言ってたじゃないか」


「恩義はあります。ただ……近くで見すぎたせいで私は幻滅してしまったのです。血統の素晴らしさと受け継いだ才能は合致しますが、それにあぐらを掻いて努力を怠る者のなんと多いことか。嘆かわしいのです。才能を持つ者はそれに見合う研鑽を積み、その力の全てを注いで人類全体に奉仕すべきなのですよ」


 極端な考えだが、そうやって乗り越えたのが十年前の大戦だ。俺はあえて反論した。


「そういう意見もあるだろうが、一人の人間が力を持ちすぎるのはやっぱり怖いことじゃないか?」


 バスティアンはハッと肩を震えさせた。


「す、すみません。つい、声が大きくなってしまいました。そう……ですよね。ああ、それでも私は力ある者が適正に力を振るい、それが評価されることこそ正常と感じてしまうのです。カイさん……もし、貴方が封印された『黒獣』と『白夜』を使えるというなら、この扉の鍵を破ってしまいたいとさえ思います。が、私も議会の飼い犬です。もしそのようなことをすれば、国家反逆罪に問われて極刑も免れないでしょう。たとえどのような理由があろうと――それこそ、この国を滅びから救う偉業を成し遂げるとしても、機密保管庫の扉を議会の承認無く開くことは罪なのです」


 バスティアンは自分に言い聞かすような口振りで、俺に無茶をしないよう忠告した。


 俺が無言で頷くと、バスティアンの視線が腰の辺りに向いた。


「ところで、先日も気になっていたのですが、その……聞き苦しい言葉で申し訳ないのですが、カイさんの腰に下がっているそれは産業廃棄物かなにかですか?」


 クソポンコツロッドのみすぼらしさは、バスティアンにさえもそう言わしめるものだった。


「あ、ああ。ちょっと訳ありでな」


「よろしければ今すぐ、第三研究棟の知人に試作品をこちらへ回してもらうよう手配しましょうか?」


「え、ええ!? いいのか? あの、悪いんだが金の方が……」


「構いませんですとも。十年前の大戦において前線で戦った貴方に、一市民としてなにか恩返しがしたいのです」


 昔がんばって良かったな、俺。

 俺は深くゆっくり頭を下げた。


「すまん。いや、ありがとうございます。この恩はいずれ返します」


「そんなそんなもったいない。では、一度ロビーに参りましょう」


 バスティアンに連れられて、俺は第一研究棟の殺風景なロビーに戻った。ほどなくして連絡を付けたバスティアンは、俺の元にやってくると「二十分ほどで届きますので、こちらで受領してください。私は研究があるのでこれで」と、言い残し、研究室に戻る。


 それから二十分も経たずに、第三研究棟の研究員がやってきて、俺は試作品のロッドを受領した。


 飾りは無くいかにもプロトタイプといったシンプルな外観だが、白も黒も軽量高強度な新素材を盛り込んだ意欲作だ。若干、こちらの魔法力に敏感に反応しすぎる節もあるのだが、使い手がミスさえしなければ、かなりの速度で魔法を構築展開できそうだ。


 高速演算型とでも言ったところか。気に入った。ただ、魔法力の入力許容量は一般的なマジックロッドよりもやや高い程度なので、過信は禁物だな。

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