救えないのはお前だけだ
バスティアンはじりりとすり足のまま半歩下がった。
「こ、来ないでください……ああ……来るな……これ以上近づくなあああああああああああああああああああ!」
バスティアンが腕を振るうと、男の頭上に魔槍が二十本ほど浮かび上がった。ビュンと空気を切り裂き、漆黒の塊が鋭利な殺意を俺に注ぐ。
俺が防いだのはそのうちの三本だけだ。もはや輝盾を張る必要さえない。直撃コースのものだけを黒獣と白夜で弾き跳ばしながら、歩みを進めた。
俺が弾き跳ばした魔槍が壁に激突すると、陥没してえぐれるように壁が粉みじんに砕け散る……だけにとどまらない。施設の壁という壁を貫通して、外にまで飛ぶと研究棟の周囲にある建物群に炸裂し、爆発……倒壊させた。
一発一発が第七界層級の破壊力だ。だが、黒獣も白夜もそんな威力さえものともしない。
自分が放った攻撃の威力に酔いしれることさえ出来ず、バスティアンは身震いする。
「何故そこまでの力を持ちながら……どうして貴方のような人間にそれほどまでの力が……許せません……なぜ私は貴方ではないのですか!? 私に貴方ほどの力があれば、異形種の力など必要無かった!」
途端にバスティアンの身体が傍聴を始めた。細身だった肉体がぶくぶくと泡立つように肥大化する。もはや人間の肉体という器に、取り込んだ異形種の魔法力を留めることさえ放棄したのだ。
自爆もいとわず俺たちもろとも消し飛ぶつもりかよ。
これは生半可な防壁で防げるものじゃなさそうだな。
「何もかも灰燼に帰してしまえばいいんです! 人はどうせ死ぬんですから! ふふふ……はははは……はははははははは!」
バスティアンを中心に、魔法力が渦巻いた。風船のように膨らんだ肉体がヒビ割れ、そこから魔法力がほとばしり光線が四方八方に跳ぶ。
ヒビは全身へと回り、光はより強烈なものへと変わっていった。
目もくらむような閃光の中で、俺は二本のロッドを交差させる。
俺の背後にはローザとリリィがいるのだ。一歩たりとも退くわけにはいかない。
右手に虚無の魔法公式を。
左手に超振動の術式を。
二つを重ねて一つの力に変換する。
「
俺は前面に漆黒の空間を生み出した。
バスティアンが勝ち誇ったように声を上げる。
「ハッハッハッハッハ! どんな手品かは知りませんが、防げるものなら防いでみればいいんです。私の次の一撃は、研究棟もろとも都市区画を吹き飛ばす威力ですよ?」
脅しやハッタリではなく事実だろう。目の前に発生させた漆黒の球体は、バスティアンの身体から漏れ出た魔法力を吸い込み始めている。その感触から察するに、起こる爆発の規模は小さな都市をまるごと消し去る威力が予想された。
両手は虚蝕の制御で手一杯だ。正面からの威力を無効化できても、回り込んでくる余波までは防ぎきれない。
「終わりです! カイさん……貴方にはもう、誰も救えません」
「救えないのはお前だけだ」
俺は魔法公式を言語化して高速詠唱した。
「――ッ!?」
それにバスティアンは気がついたようだが、もはや溢れる自身の魔法力に埋もれて止めることはできない。
カッ!! と、光が制御室を満たす。遅れて熱を帯びた爆風が溶鉱炉の中のように、壁も柱も何もかもを溶かしながら広がっていった。
前面に発現させた虚蝕が破壊のエネルギーを吸い込み、それでも拡散した爆風の炎熱は、回り込むように俺の背後の二人を脅かそうとする。
「輝盾多層展開!」
マジックロッドに肩代わりさせていたものを、俺は声によって発動させる。現代の公式を使っているが、手法はまるで古代魔法だ。
虚蝕を展開させながら、呪文の詠唱とともに白夜には輝盾の補助も行わせた。指先から腕へと伝うように激痛が走る。乱れた詠唱を白夜で補正して、つぎはぎするように魔法公式を完成させた。
言葉とマジックロッドによる複合発動は、俺自身が体験したことの無い未知の領域での魔法制御を強いる。
目の前が暗くなり、手足の感覚も徐々に失われだした。かき集めた集中力は霧散し、途切れそうになる意識の中で、声が聞こえた。
二人が俺の名を呼ぶ。どうやら後背の輝盾の展開は上手くいったようだ。ぶっつけ本番でここまでできるなんて、旧式もまだまだ捨てたものじゃないだろ。
ほんの数秒の爆発と爆風が、いつ終わるともしれない長いものに感じられた。
爆音の嵐が去って、世界に沈黙が訪れた。
王立研が誇る第一研究棟は跡形も無く消し飛び、周囲の街並みもえぐれるように溶けて消える。
残ったのは灰色の荒野と、爆心地の中心となった男の影。そして……俺とローザとリリィだけだ。
バスティアンは全身が枯れ木のようにしおれて、青白い肌がボロボロと崩れだしていた。
燃えるように輝いていた金色の瞳も今や光は弱々しく、かさついた唇を動かして男は俺に告げる。
「ああ……どうして……生きているんです?」
俺は地面に膝を着きそうになるのを必死でこらえて返した。
「それは俺たちのことか? それともお前自身のことか?」
バスティアンはそっと目を細めて、最初に出会った時のような穏やかな顔で呟いた。
「もちろん……両方ですよ……」
竜脈を制御していた柱の跡には、地下深くへと続く縦穴とシャフトが伸びている。
バスティアンはよろけながら縦穴へと近づいていった。
「今の私は進化した人類です……竜脈から直接魔法力を得れば……フフフ……そうすれば……今度こそ貴方に勝てますね。そうだ……そちらの二人を人質にとるのなんてどうでしょう……手出しできないカイさんを切り刻んであげますから……」
俺は黒獣を構えた。
流石に三つの魔法を使うっていうのは、想定外だったな。
左手の白夜からの反応が無い。無茶をさせすぎたらしく、ロッドの中心がヒビ割れていた。
そして黒獣もまた、白夜と呼応するようにその息吹を失いつつある。迷っている時間は無かった。
「バスティアン。これで……終わりだ」
最後の一撃は黒の第一階層――基本中の基本である炎矢だ。
文字通り、炎を矢のように撃ち出すこの魔法は、黒魔導士が最初に覚えるものだが……黒獣から放たれたそれは、一筋の熱線のようにバスティアンの心臓を射貫いた。
「ああ……あと少し……なの……に……」
渇いた藁のようにバスティアンの身体が炎に焼かれる。
その肉体はまるで、異形種のように崩れていった。事切れる間際の言葉が空気に溶けて消える。
もはや魂までも異形種に染まり、とっくに人間を捨てていたのかもしれない。
これで全て終わったのだ。ある男の野望が、王立研の施設だけでなく周囲の町ごと消し去った。
まったく。つい先日無茶をしたばかりだっていうのに……またアストレアの世話になるかもしれないな。
空を見上げると、まるで何事も無かったように青く澄んだ色をしていた。そのまま仰向けになって倒れそうになると――
「しっかりしてくださいませ」
「そうよ! カイはあたしたちの先生なんだから!」
二人の少女が左右から挟むようにして、俺の身体を支えてくれた。ああ、ぶっ倒れることさえできないんだな。
それからしばらく――首都の守りを固める軍属魔導師団と軍警によって、俺たちは保護という名目で拘束されたのだった。
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