じゃあ続きをやろうか?

 学園の敷地内には、戦闘のシチュエーションに合わせて大小様々な演習場が揃っている。


 第七演習場は、個人戦からペア戦までに対応した中規模演習場だ。


 石造りのステージの上に仮想幻体イマジナリーファンタズマで森や砂漠といった環境を再現できるのだが、今回は戦い慣れていない環境を“言い訳”にさせないため、まっさらな平地を用意した。


 俺は腰のベルトに提げたロッドを抜いて、二刀流よろしく構える。


「戦闘不能になるか、負けを認めるか、このステージから場外に落ちるかしたら敗北だ。仮想魔法なんて使わず、遠慮無くかかってこい」


 仮想魔法というのは試合用に魔法公式を調整したものだ。こうした訓練時には仮想魔法すんどめを使うのが定番らしいんだが、それだと見えない部分もあるので今回は通常魔法フルコンタクトで攻撃させることにした。本来の二人の力を見るには素のままの方が良いだろう。


 俺を中点に挟むようにして、ローザとリリィが対峙する。


「しょうが無いわね。先にあたしが相手をするわ。まあ、後があるかは知らないけど」


 マジックロッドを抜いてローザが戦闘態勢に入った。それを見てリリィがステージを降りようとする。


「いや……面倒だから二人まとめてかかってこい」


 足を止めると振り返り、リリィが首を傾げた。


「わたくしも一緒にですか? カイ先生、死んでしまわれますよ?」


 本気でそう思っているらしく、リリィの瞳には一切の曇りが無い。


「おうおういいぞ。殺す気で来いよ。そうじゃなきゃおもしろくないからな」


 至極迷惑そうな表情を浮かべながらリリィも背中のワンドを抜き、身構えた。


「では遠慮なく。五秒で終わらせてさしあげます」


 誰よりも先に動いたのは――意外にも白魔導士のリリィだ。


 本来白魔導士の戦い方は、自己強化や常時回復によって準備を整え、有利な状況を作り出してから反撃に出るのがセオリーだが、力量差が明かな場合はその必要も無いということらしい。


 ワンドに魔法力を込めて、その純粋なエネルギーをそのまま放つ。彼女の魔法力は光球となって、俺めがけて飛んできた。


 第一階層の白魔法――光弾だ。速度は遅いが純度は高い。ギリギリまで引きつけてから、身をそらしてそれを避けた。


 光弾はそのまま飛び続け、俺を挟むように反対側に立っていたローザに向かう。


 ローザは咄嗟にロッドで光弾を弾いた。


 グワン! と、魔法力が干渉しあって、空気を鳴動させる。

 弾かれた光弾は演習場の壁に炸裂し、その一部を粉々に打ち砕いた。


「ちょっと何するのよ? 開始の合図も無しにいきなりぶっぱなすなんて、品位が聞いて呆れるわね」


 ローザの抗議にリリィは「実戦とは唐突に始まるものですわ。それにしても、わたくしの攻撃を防ぐなんて驚きですわね。ただの落ちこぼれと思っていましたのに」と、わざとらしく驚いてみせた。


「言ってくれるじゃない。ともかく、とっとと片を付けるからあんたは手出ししないでよね。それと……殺す気で来いって言ったからには、あんたのその身をもって責任を取ってもらうわよ」


 宣言しながらローザが選んだのは、風属性の攻撃魔法――風刃だった。第二界層に属するこの魔法は、風の刃で対象に裂傷を負わせるというものだ。


 ローザはそれを放つ! 放つ! 放つ! 高速詠唱による三連打だった。


 風刃がユニゾンするように重なり合い、より大きな風の刃となって標的めがけて飛ぶ。


 魔法公式の構築速度には目を見張る物がある……が、少々乱雑だな。


「よっと……フェイントくらい入れればいいだろうに」


 風の刃の軌道を読んで、俺が避けると背後から悲鳴が上がった。


「な、なにをしてくれますの!? バカなのですか!?」


 振り返るとリリィの制服の胸元がバッサリと切られてはだけていた。窮屈そうな二つの果実が溢れ、それを二の腕で抱くようにしてリリィは俺を睨みつけると、頬を赤らめる。


「み、見ないでくださいませ!」


「おっと悪いな」


 再び視線をローザに戻すと、彼女は焦った口振りでまくしたてた。


「あ、あたしはそんなつもりじゃ……。けど、きちんと防ぎきれなかったあんたが悪いのよ? 危ないと思ったら逃げれば良かったのに。というか、逃げられないくらい鈍くさいのね?」


「想定していたよりも威力が高かっただけですわ……次からは完璧に相殺してみせますから」


 リリィは少しだけムッとした顔つきになった。彼女がローザの実力を見誤ったというよりも、ローザのセンスが抜きんでていたというべきかもしれない。


「別に無理しなくてもいいのよ? 威力が高すぎて相殺できないなら、遠慮無く逃げてちょうだい。恥じることじゃないんだし」


「そんなことありませんわ。だ、だいたいピンポイントでこんなところを切り裂くなんて……破廉恥な魔法ですわね!」


「あたしが狙ってやったと言いたいわけ? そもそも『そんなところ』に当たる確率が高かったのも、無駄に成長しすぎて大きすぎる的が悪いんじゃない。持ち主も同罪ね」


「む、無駄じゃありませんわ! わたくしだって……お、大きいことはちょっと気にしてるのに……正直なところ、少し分けて差し上げたいくらいですもの」


「売ってるでしょ? 今、ケンカ売ってきてるでしょ! あたしにだってあるわよ普通に人並みに! あんたのお情けなんて入りこむ余地すらないわ!」


 二人とも俺を挟んでヒートアップしてきたぞ。双方遠慮が無くなりつつある。

 特にローザの方は顔が真っ赤だ。ぺったんことまでは言わないが……ご愁傷様です。


 溜息混じりに俺は呟いた。


「二人ともケンカするなよ。お互いに傷つけ合ってもなんの足しにもならないぞ。どうせ戦うなら俺にしろって」


「「なら避けないで!」」


 妙なところで呼吸をぴったりと合わせて、二人は俺にロッドとワンドを向けた。


「次こそ本気でいきますわ」


 リリィは胸を左腕で庇いながら、片手で持ったワンドに魔法力を集約する。

 光弾が一つ……二つ三つ……と、彼女の周囲を回転しながら増えていった。さすが名家の血統というべきか、七つの光弾が揃うと、さらに光を増した。


 瞬間――ツーッと彼女の口元に血が伝う。


「おい大丈夫か?」


「わたくし、少々繊細でして、高度な魔法を使うと血が出るだけですわ。お気になさらずに……というか、わたくしよりもご自身の安全を案じることをお勧めいたしましてよ?」


 血を吐きながらリリィは笑う。なるほど流血ブラッディーとはこういうことか。不憫な体質だ。


 魔法の才能がありすぎると、肉体がそれに追いつかなくなることがある。それが吐血という形で出ているに違い無い。今後、俺が教えるかどうかはともかく、どのみちリリィには基礎体力強化の訓練が必要そうだな。


 ともあれ、七連の光弾がリリィの“本気”ってやつらしい。

 第一階層の魔法とはいえ、連続展開で威力や攻撃範囲を補うのは、口で言うほど簡単なことではない。リリィの才能の片鱗を感じた。


「行きますわよ!」


 低速だが一つ一つの威力を充分に高められた光弾が、俺に向かって連続発射された。


「あんたを仕留めるのは、このあたしよ」


 ローザも魔法力を一気に高めてロッドに込める。構築しているのは第七界層級だ。

 学園でまだ一年しか学んでいないというのに、一瞬で高度な魔法公式ロジツクを組み上げた。


「死んでも怨まないでよね?」


 俺が殺す気でこいと言ったのだから、事前に断る必要はないぞローザ。

 彼女の古めかしい黒いロッドが悲鳴を上げている。それを天に掲げると、雲一つない空から雷撃が滝のように俺めがけて降り注いだ。


 第七界層――雷帝。その青き閃光は天を裂き地を穿つ。


 光弾と雷撃に挟まれた格好だ。


「ったく……持ちこたえてくれよ」


 右手の黒のロッドでリリィの放った光弾を吸収する。相手から魔法力を奪う黒魔法――吸魔の応用だ。本来なら第六界層に属するものを、第三階層レベルまで引き下げているので、リリィの光弾から得られる魔法力もせいぜい半分がいいとろころだ。


 残りの半分はダメージとして俺の身体で受ける。


 続けて左腕を天に掲げて白魔法――輝盾を発動した。光弾から奪った魔法力を耐魔法防壁に変換する。使い慣れた黒獣と白夜なら造作も無いことだが……。


「やっぱり玩具は玩具だな」


 輝盾でローザの雷帝を受けた瞬間、ズンと重さを感じた。物理的なものではなく魔法力的な重圧だ。左手に構えた白魔法用ロッドに亀裂が走る。


 輝盾によって散らされた雷撃は、のたうつ蛇のようにステージ上に四散した。

 それは放ったローザにも、散らされた雷撃が牙を剥く。


「――ッ!?」


 彼女の集中が途切れ、同時に雷帝も雲散霧消した。張った輝盾はズタボロだ。あと一秒遅ければ、白魔法用ロッドごと輝盾が砕かれていたかもしれない。


 予想外の雷帝の威力と、想像以上に脆い支給品のロッド。


 うーむ、俺が全力でまともに使えるロッドなんて民間にはそもそも無いのだから、しょうが無いと諦めていたんだが……こいつらの相手をするには、もう少しマシなロッドが必要そうだ。


「きゃあああ!」


 雷帝のとばっちりを受けてリリィが悲鳴をあげる。振り返ると相変わらず、はだけた胸の辺りを腕で隠しながら、回復魔法の魔法公式を構築していた。


「こ、こっちを見ないでくださいませ!」


 リリィは第四界層の白魔法――治癒を自身に施す。ちょっとダメージを受けたくらいで大げさなやつだ。


 ローザの方はと言えば、自身が放った雷帝の分散ダメージを負ったままだった。

 呼吸を整え直して俺を睨みつける。


「今のは……本気で撃ったのに……どうやればそんな風に防げるのよ!?」


「リリィの光弾から魔法力を抽出して、輝盾に変換したんだよ。これなら自身の魔法力を練らずに、魔法公式さえ頭の中から引っ張り出せば、即発動できるだろ?」


「そんなの普通じゃない……あり得ないわ……」


「あり得ないとは失礼な。実際にできるんだから、あり得ることだろうに」


 俺の言葉にローザは黙り込んだ。

 さてと……まだ勝負は決していないが玩具並の黒のロッド一本じゃ、できることは限られてくる。


「じゃあ続きをやろうか?」


 俺は魔法公式を構築した。


 第二階層の黒魔法――先ほどローザが放った風刃だ。これを二つ同時に展開し、式を組み替えてローザめがけて放つ。


「――えっ? 何よそれ!? 高速詠唱にしては早すぎるし」


 彼女は目をまん丸く見開いた。まあ、初めて見たなら驚きもするだろう。

 並列同時詠唱パラライゼーシヨン。俺の研究の産物だ。


 ローザは避けない。いや、避けられなかった。自分の放った雷撃の余波が彼女の動きを止めたのだ。それでも果敢に俺の放った風刃をロッドで打ち返すつもりらしい。悪いがそれも想定済みだ。


 俺が放った風刃には、相手を切り裂く機能は与えていない。その分、触れた者に衝撃を与えるように魔法公式を構築してある。


 加えて一発分の威力は殺せても、二発分となればどうだろう。


 風刃にローザのロッドが触れた瞬間、小柄な少女の身体はステージの外まで吹き飛ばされた。同時に俺のマジックロッドが砕け散る。おいおい、いくら並列同時詠唱したとはいえ、使ったのは第二階層の魔法だぞ? 普及品というが粗悪品の間違いじゃないか?


 俺たちの戦いを目の当たりにして、残ったリリィがあたふたとし始めた。


「え、ええ!? 今、二つの魔法が一瞬で……」


 マジックロッドがないと話にならないが、仕方ないか。

 俺はリリィの元へと駆け込むと、ワンドを蹴り上げた。リリィの手からワンドが落ちる。それをすくうように拾い上げて、俺はリリィの胸元にワンドの先端を突きつけた。


 彼女が得意とする光弾を放つ。もちろんこちらも非殺傷用に構築した魔法公式のものだ。


「いやああああああああああああああ!」


 はだけた胸を両手で庇うようにしたリリィを、俺の放った光弾は易々と場外に弾き出した。彼女の身体は吹き飛ばされて、場外に転がる。その顔はまるで、ハトが豆鉄砲でも喰らったようだった。


 俺は溜息混じりに呟く。


「そんなんじゃシディアンは倒せないし、レイ=ナイトに弟子入りも難しいんじゃないか?」


 一連の攻防は場外に墜ちたローザも見ていたようだ。デモンストレーションとしては充分だな。


 学園長が言う通り、二人は年相応とは言えない才能の片鱗を俺に見せてくれた。


 大粒の原石には違い無い。が……さてと、どちらを門下に加えよう。


 まあどっちでもいいんだが、とりあえず「俺の門下に加わってもいい」という方を選ぶとするか。どちらも嫌だというなら、くじ引きで決めるかな。


 その前に、リリィの服をどうにかしてなければ。俺は何か隠せるものを探しに、演習場の備品置き場に向かった。


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