さしずめ灰色の魔導教士ってところだな

 猫背のままローザはジトッとした視線を俺に注ぐ。


「エリート専門の特別な教士と面談するって聞いてたんだけど……どういうことなの? そんなの教士の専門分野で決まる事じゃない。ということはつまり、あたしかあんたか、どっちかが間違った時間にここに呼び出されたってことよね?」


 ローザの睨むような眼差しがリリィに向けられた。

 黒魔導士を教えられるのは同じ黒魔導士だし、白魔導士には白魔導士の教士がつく。


 二人が白黒別系統の魔導士なのは明白だった。


 リリィが凛とした声で訊く。


「そうですわ。カイ先生はどちらの専攻ですの?」


 教士の属性で、どちらの担当なのか判断するつもりらしいが……今回に限り、その基準では計れない。

 悪いがこちらは規格外の存在だ。


「俺は白と黒、両方いけるから……さしずめ灰色の魔導教士ってところだな」


 俺は腰のベルトに下げた二本のマジックロッドを見せる。右には黒のロッド。左には白のロッドだ。さながら二刀流といったところだな。


 問題はその性能だ。現役時代に使っていた黒獣と白夜は、王立研に回収されてしまった。あの領域レベルのロッドは世界に数本もないので諦めもするが、せめてもう少しマシなものを学園が支給してくれればよかったと思う。


 俺を睨んでいたローザが、小さく「フンッ」と笑った。


「どちらでもないって……それってただの魔導士のなり損ないよね? そのロッド……どうせ使えても第三界層まででしょ? エリート専門が聞いて呆れるわ。今時、第三階層くらいなら十歳の子供でも使えるわよ」


 挑発的に言い終えると、フッとローザは寂しげな顔をした。この面談を楽しみにしていたんだろうか。自分専任の教士に手取り足取り教えられたいなんて、案外可愛いところがあるんだな。


「もしかして、がっかりしてるのか?」


「そ、そんなんじゃないわ。ただ、問題外って思っただけよ。別にエリートぶるつもりはないけど、あたしは第七階層の魔法を一部習得済み……単騎にして短期決戦のエキスパートを目指してるから、低界層しか使えなさそうな半端な教士に教わっている時間はないの。悪いんだけど、他を当たってくれないかしら?」


 資料によるとローザは雷撃系の高位攻撃魔法の使い手のようだ。


 現代では、魔法は九つの界層に分けられている。第三界層までは初歩的な魔法とされていた。この二人ならとっくに修めている内容だろう。


 第七界層を使いこなせれば魔導士として一流と言えた。魔導士が千人いて一人といったところか。


 第八界層を使えるのは、学園の教士の中でもトップクラスの実力者だけだろう。こうなると魔導士十万人につき一人という狭き門になる。一人で使うには驚異的な難易度になるため、第八界層魔法は複数の魔導士によって、儀式的に使われることがほとんどだ。


 これに限らず、高難易度の魔法は複数の魔導士によって実行される事が多い。


 第九界層までいくと理論上確認されているだけで、実証されていない魔法まで含まれるようになるのだが……現在、それらを一人で使うことができるのは、王立研の主任研究者レベルの人間である。魔導士が一千万人いて、一人という割合の才能だった。


 ゆえに一部とはいえ、二年生になったばかりのローザが第七界層の魔法を使えるのは驚きだ。黒魔法の申し子だな。


 長い金髪を左右に振って、リリィが残念そうな顔をする。


「わたくしは辞退いたしますわ。師と仰ぐのはこの生涯においてただ一人、レイ=ナイト様だけと決めておりますもの」


「先に断ったのはわたしなんだけど……こんなどこの馬の骨ともわからない新米教士を勝手に辞退して押しつけないでくれる? っていうか師と仰ぐって、なんかずいぶんと時代がかった言い方ね? センスが古いんじゃないの? 頭の中が、しわしわのおばあちゃんなのかしら?」


「脳の皺の数は蓄えられた知識とイコールですわ。それに品位がある……の間違いでしてよ。脳みそつるつるの粗野な方には少々難しい言い回しに聞こえるようですけど」


 二人が再び睨み合った。


「あたしは嫌よ」


「わたくしも困りますわ。先ほどから気になるのですけれど、語尾にウホってつけるのをやめてくださいまし」


「そんな語尾つけてないわよ。そっちこそ巻いた髪の中にロールケーキでも詰めたらいいんじゃない? 無駄なスペースの有効活用になるし」


「言ってくれますわね」

「あんたほどじゃないわ」


 俺の事でケンカなんてしないで欲しい……なんてモテすぎな台詞とは、一生無縁だと思っていたんだが。


 実際になってみるとあまり気持ちの良いものじゃない。


「二人ともそんなに嫌なのか? 給料分くらいは、ちゃんと教えてやるぞ」


 ローザが柳眉を上げて口を尖らせた。


「あたしは最強を目指してるの。半端物のあんたじゃあたしは手に負えないわ。戦って戦って……いつか自分の力だけで最強の魔導士シディアンを倒して……異形種を絶滅させるんだから」


 アメジスト色の瞳に暗い炎が揺らいだ。敵意や殺意といった負の感情だ。特に黒魔導士の適性があるものは、こういった負の感情が強い傾向があった。


 それを否定はしない。なぜ学園が若い魔導士を育成するのかといえば、人類の敵である異形種と戦うために他ならないからだ……が、しかし。


「異形種はともかく、なんでシディアンを倒す必要があるんだ?」


「それは彼が最強だからよ。たった一人で十万のソルジャーアント型異形種を葬ったっていうじゃない? それだけの力があるのに……今は行方不明だなんて無責任すぎるわ。だからあたしがシディアンを倒して、その立場に取って代わってあげるのよ」


 怒りの中に悲しみと落胆が混ざり込んだ複雑な表情だった。

 澄まし顔のリリィが吐息混じりで付け加える。


「数字で比べてもレイ=ナイト様の方が上ですわね。二十万とも三十万とも言われたデスワーム型の襲来から、都市一つを一昼夜守りきりましたもの」


 ふふん♪ と、自分の事でもないのにリリィは得意げに鼻を鳴らした。ローザが眉間に小さな皺を刻むと、リリィの顔をビシッと指さす。


「守ってばかりで結局、最後には黒魔導士の援軍を頼ってるじゃない。白魔導士の火力なんてカスみたいなものだし仕方ないわよねぇ? 白カスさん? ほら、やっぱり攻撃こそ最大の防御なのよ」


「その援軍が来るまでの時間を稼ぐことが、黒魔導士シディアンにできますかしら? たとえ異形種を殲滅できたとしても、それまでに街の住民の被害は免れませんわね。倒すことだけが勝利条件……これだから思慮に欠けるのですわ。黒魔導士という人種には正直、辟易しますわね」


 この二人、放っておくといつまでもケンカしていそうだな。眺めているだけで、良い退屈しのぎになりそうだ。


 ローザが憎らしげな顔のままうつむいた。

「だいたいなんでシディアンはレイ=ナイトと戦って決着を付けなかったのよ……大戦のあとに対決する機会はいくらでもあったはずなのに」


 呼応するようにリリィが返す。


「そうですわ。レイ=ナイト様が勝利していれば、このような不毛な論議の起こる余地もありませんもの」


「ケンカ売ってるの?」


「事実を口にしたまでですわ」


 今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気だ。


「まあそれくらいにしておけって。で、どっちでもいいから俺の門下に入ってくれよ? 教わるのが嫌っていうなら形だけでもいいから」


 できれば門下の一人として試験演習でトップ成績を修めてくれると嬉しいんだが、当人たちにやる気がないなら無理強いもできない。


 リリィがブンブンと二度、首を横に振った。


「わたくし、白の第七界層まで一通り習得しておりますので、カイ先生に教わることは何も無いと思いますの」


「ずいぶんハッキリ言ってくれるな。まあ、正直な奴は嫌いじゃないぜ」


 俺の返答に眉尻を下げながらリリィは「気に入られても困ります」と呟いた。


「あたしだって、弱い教士に教わることなんて何もないわよ。あたしが低界層で躓きっぱなしの落ちこぼれ生徒なら、教わってあげなくもなかったけど」


 ローザの口振りもますます刺々しい。この問題児どもめ。口頭での説得は無理そうだ。


「わかった。つまり俺の実力を疑ってるんだな。なら、二人とも今から第七演習場に来てくれ」


 ファイルを閉じると俺は席から立った。ローザが首を傾げる。


「第七演習場って、校舎から一番遠いところにあるじゃない……まさか、ただでさえ春休みで教士も生徒もいないのに、人気の無い場所に連れ込んで……いかがわしいこと考えてないでしょうね?」


「変な誤解をするな。試合形式で力を見てやるだけだ。第七演習場なら誰も来ないだろうし……二人とも負けるところを他人に見られたくないだろ?」


 リリィがフクロウのように目をまん丸くした。


「あの……わたくしに勝つと仰っているのですか?」


「当然だろ。こっちは先生なんだし」


「あらあら……では、その試合でこちらが勝てば、わたくしを門下に加えるのを諦めていただけると約束していただけますか?」


 リリィは自信たっぷりに胸を張った。大ぶりな二つの果実がゆさりと揺れる。


「ちょ、ちょっと何勝手に決めてるのよ?」


 一瞬、ローザの目が泳いだ。どうやらリリィの胸のたゆんとした揺れっぷりに、同性ながらも衝撃が走ったらしい。


 リリィが笑う。


「自信が無いなら観戦していてよろしいですわよ?」


「やらないとは言ってないわよ」


 売り言葉に買い言葉で、ローザがぐいっと胸を張った。が、残念、揺れない。


「よし。じゃあ決まりだな」


 俺は二人を引き連れて、校舎から最も遠い第七演習場に向かった。

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