白と黒の原石

だから最強の魔導士は誰かっていう話よ


 校舎の四階から二階に降りると、面談室に向かった。


 生徒だった頃はしょっちゅう問題を起こして呼びつけられていたので、面談室のドアを前にすると条件反射的に気分が悪くなる。いや、今回は俺が教士なわけだし、苦手意識を持つ必要は無いんだが。


 ノックをして中に入る。

 昔と変わらず四人掛けの机と椅子があるだけの、簡素な小部屋だった。何ら変わっていないことに、ほんの少しだけ懐かしさを覚えた。


 ただ昔と違うのは――俺に小言を言うために待ち受けている教士がいないことだ。代わりに女子生徒が二人、席にも着かずにらみ合っていた。黒髪ショートVS金髪ロングの構図である。外見からして対照的だ。


 ノックの音も聞こえていないようで、俺に気付かず黒髪が吠えた。


「最強の魔導士はシディアンね。攻撃は最大の防御という言葉があるけど、その逆は聞いたことがないでしょ? つまり防御だけでは戦闘は成り立たないの。白魔導士の魔法なんて、回復や防御ばっかりじゃない。強さっていうのはイコール攻撃魔法の威力のことなのよ。白魔導士は黒魔導士が活躍できるよう、後ろの方で援護してればいいんじゃないかしら?」


 内ハネ気味な黒髪を振り乱し、少女がキャンキャンと鳴くように言う。

 

 一方、金髪の方は涼しい顔だ。


「あら? ちゃんと認めてあげているでしょう。最強の“黒”魔導士はシディアンだと。ただ、すべての魔導士の頂点は間違い無くレイ=ナイト様ですわ。仰る通り、黒魔導士が攻撃に専念できるのも、白魔導士の防御と回復あってこそ。それに攻撃魔法は黒魔導士の専売特許ではありませんわ。黒魔導士なんて魔導士としては明らかに劣性ですもの。単独で攻撃も防御もこなせる白魔導士こそ、優性の魔導士に他なりませんわ」


 金髪ロングの少女が巻き毛を指で遊ばせながら微笑む。黒髪少女がそんな彼女を睨み返した。


 こういう喧嘩は見飽きて久しい。


 十年前の異形種との大戦で、世界を救う活躍をした英雄は三人いたという。

 三英雄――勇者と謳われた救国の剣聖少女アストレア。破壊神の如き黒魔導士シディアン。人類の守護者と称される白魔導士レイ=ナイト。三人の手によって、かつて人類は破滅を免れた。


 で……二人が白黒どちらの魔導士かは会話を聞いておおよそ理解したし、それぞれの服装にも得物にも、色濃く反映されているので一目瞭然である。


 黒髪が腰に提げた漆黒のマジックロッドは、型が古くずいぶんと酷使されている印象だ。黒魔法に特化した術式を組み込んだ速度重視の設定だろう。騙し騙し補修しながら、使い続けている年季モノだ。


 一方、金髪の方はといえば、長いワンドを背負っている。よく手入れが行き届いているが、どこぞのお飾りと違い、きちんと使い込まれたものだった。


 ここ十年ほどの技術的な進歩により、片手で扱えるマジックロッドが主流になったこともあって、両手持ちのワンド型の使い手は珍しい。

 ワンドの形状や装飾などから見分するに、範囲と効果に重きを置いた防御型だ。


「優劣はハッキリしているわよね?」

「ええ、同感ですわ。初対面の割に、わたくしたちって気が合いますわね」


 黒髪が凄めば金髪は皮肉で返す。

 ともにヒートアップして俺の事など眼中に無いらしい。


 軽くせき払いをしてから席に着き、青いファイルを開く。二人のプロフィールが記載された書類が挟まっていた。


 黒髪の方はローザ・ワイルド。学園では珍しい奨学生だが、来歴には孤児院出身とあって納得した。黒髪にアメジスト色の大きな瞳が印象的だ。一応、女子らしくかすかに胸の膨らみはわかるものの、同じ年頃の女子と比べてもスレンダーな体型という印象だ。

 ただ、運動性を重視したショートパンツから伸びる足の筋肉は、ほどよく鍛えられていた。ちなみに趣味は人間観察……っと、無趣味なヤツに多い解答だな。


 金髪の方はリリィ・ヒルトン。名家の一人娘だ。ヒルトン家は王立研のスポンサーの一つでもあった。透き通るような白い肌をしているリリィ。発育の良い胸元がどことなく窮屈そうだ。備考欄に流血のブラツディーリリィという、白魔導士らしくもない物騒な一行が書き加えられていた。


 共に新二年生で、これまで教士の門下に加わった経歴は無し……と。ローザの方はともかく、リリィなら家名目当てで、どの教士も喉から手が出るほど欲しがるだろうに。


 なんでこんなところにいるんだ?


 俺がボーッとしていると、不意にローザが黒髪を振り乱して俺に問いかけた。


「それであんたはどう思うわけ?」


 なんだ、俺が見えていなかった訳でもないんだな。

 黒髪の少女は自己紹介もせず詰め寄ってくる。


「待て待て。藪から棒になんなんだ?」

「だから最強の魔導士は誰かっていう話よ」


 まったく子供ってのは最強談義が大好きだ。


「もちろんレイ=ナイト様ですわよね?」

 張り合うようにリリィも俺に訊く。


「ん……ああ、ええと。とりあえず座って話そうか?」

 着席を勧めると、リリィはすんなり席に着いた。


「お前も座れよローザ」


「こんなのと並んで座ったら、白魔導士の臆病さに空気感染しそうだわ。お断りね」

 リリィの顔を指さしてローザはぷいっとそっぽを向く。


「なら立ってろ。さてと、今日は……」


「た、立ってろ……って……」


 きょとんとした顔のローザに俺は溜息混じりに告げた。


「じゃあ勝手に座ればいいだろ。手の掛かるやつだな」


 リリィが「ふふん♪」と鼻で笑った。焦ったようにローザが取りつくろう。


「べ、別にそんなつもりじゃ……冗談よ冗談。というか、今のはあんたを試しただけよ。少しは骨があるみたいね」


 口を尖らせ不機嫌さを隠さず椅子を引くと、ローザはどさっと腰掛ける。頬杖をついて猫のように背中を丸めながら、俺の顔をのぞき込むようにしてきた。


「それで……あんた誰?」


 ピンと背筋を張ったままリリィも首を傾げる。


「そうですわ。どちら様ですの?」


 二人の視線に俺は頷く。


「この春から非常勤で教士をやることになったカイ・アッシュフォードだ。学園長から生徒を一人、門下に加えろと言われたんで面談に来た」


 少女たちは揃って眉を八の字にした。

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