異形種とは何でしょうか?

 ガタガタと細かい振動がシートから伝わってくる。車両は学園都市を抜けて荒野を東へとひた走っていた。


 情報端末や鉄道に車両、それらはすべて魔法力によって動いているのだが、人類の魔導文明が一気に花開いたのはこの百年ほどのことだ。


 ある意味、異形種が技術革新をもたらしたと言えた。人類にとっての脅威は、同時に人類発展の可能性を秘めていたのだ。


 そこらへんの事もふまえて、本日は校外学習である。


「ただ後部座席で揺られていても退屈だろ? クイズでもするか?」


 魔導装甲車の操縦桿を握ったまま俺は後部座席に質問を投げかける。

 ミラー越しに後部座席を見ると、ローザもリリィもどことなく緊張の面持ちだ。


「クイズって……緊張感無いわね。けど、どうしてもっていうなら答えてあげる」


 ツンとした口振りでローザが俺に返した。


「結構結構。そうだな、じゃあ第一問。ずばり、異形種とは何でしょうか?」


 ムッとした顔でローザが口を尖らせた。


「それってクイズっていうのかしら?」


「まあそういうなって。それじゃあ解答してくれローザ」


 眉間にしわを寄せてから、彼女は溜息混じりに続けた。


「人類の敵にして絶滅させなきゃならない害虫よ」


 口振りからして苦々しい。


「まあ正解と言えば正解か。そこまで感情を込めて答えなくてもいいんだけどな。いいかローザ。憎しみの感情だけじゃ連中には勝てない。対処には冷静さも必要だ。じゃあ次のクイズはリリィに答えてもらうとしよう」


 金髪を指でつまみながら、リリィは「ええ。よろしいですわよ」と、余裕の笑みだ。


「では第二問。異形種はいつ、どこで存在を確認されたでしょうか?」


 ピンと人差し指を立ててリリィは頷いた。


「異形種が現れたのは百年以上前。大陸の東側で確認されましたわ」


 人類と異形種の最初の接触は、それは凄惨なものだったと伝えられている。


「正解だ。それじゃあ続けてもう一問。異形種が似ている生き物ってなーんだ?」


 なぞなぞの問いかけっぽく、少し茶化して訊いてみる。リリィは静かな口振りで返

した。


「異形種は蟻や蜂のような真社会性を持っており、外見は虫を巨大化させたようなものが多いですわ。人類に対して敵対行動をとりますが、その最終的な目的などは一切謎に包まれていますの。生物かどうかさえわかっておらず、形状も多岐にわたりデスワーム型やソルジャーアント型、他にキラービー型やモス型やマンティス型にドラゴンフライ型……それとスカラベ型やビートル型にスタッグ型……」


「それくらいで結構だ」


 俺は矛先を変えることにした。放っておくと、リリィが全て解答してしまいそうだ。


「ではローザ、多種多様な異形種の何がやっかいか? シンプルに解答してみてくれ」


 答えたくてウズウズしていたのか、ローザが少しだけ嬉しそうに声をあげた。


「うじゃうじゃいるところよ!」


「正解。個体の力がそれほどでなくても、連中は波のように押し寄せてくるからな。それじゃあリリィ。もう一つのやっかいな特徴は?」


 考える素振りも見せずリリィは即答した。


「それは巣の存在ですわね。異形種は大地に巣を根付かせて汚染してしまいますの。一度、根付いてしまった巣は除去することができませんわ」


「そうだな。で、汚染ってのはどういう状況の事だと思う?」


「わたくしたち魔導士は一定時間の休息で魔法力を自然回復しますが、汚染地域ではそれができなくなってしまいますわ。それに人間が長時間汚染地域にいれば、それだけで病魔に侵されて死んでしまいますの。汚染濃度にもよりますけれど、人類の生存不能領域といったところですわね」


「まあそんなところだな」


 ちなみに、一般人は“壁”の向こうが即、汚染地域と誤解していることも多いが、そうではない。


 壁はあくまで、その向こう側に根付いた巣があるという境界線であり、汚染地域は巣を中心にシミのように広がっていくものだった。


 まだ答え足り無いらしく、リリィは得意げに続けた。


「そこで、わたくしたち魔導士が封印して、その巣から新たな異形種が発生しないようにしなければなりませんの」


 俺は魔導装甲車のアクセルを踏み込む。荒野をつっきるように走ると、遠目に“壁”の支柱が見え始めた。あの居並ぶ支柱より先は、異形種に奪われた領域だ。


 壁と呼ばれてはいるのだが、柱と柱の間に走らせてあるのは監視のための魔法だった。異形種の群の動きを事前に察知する「次元解析法リグ・ヴェーダ」システムの開発によって、人類はこのラインをなんとか維持して、今に至る。


 そして学園は、壁から十数㎞という位置にあった。この十年、異形種による大規模侵攻は行われていないが、有事の際に学園は軍事基地へと変わるのだ。


 ちなみに、似たような拠点が学園の北側にもう二つほどある。人類の精鋭が送り込まれた前線基地と、それよりさらに北に位置する戦士養成機関ソードテンプルだ。


「まあ俺たち魔導士だけじゃなく、戦士養成機関ソードテンプルの連中とも連携をとって対処していかなきゃいかんぞ」


 魔導士には白と黒の二系統があるが、そのどちらにもなれなかった者たちがいる。


 だが、魔法のセンスが皆無ながらも、魔法力を持つ人間たちには、第三の道が残されているのだ。


 それが戦士養成機関だった。魔法力を肉体の強化や剣術などに変換して戦う――十年前の大戦で超巨大な巣を封じた勇者アストレアは、戦士の最高峰と言えるだろう。


 まあ、戦士たちからすれば魔導士なんて、白でも黒でもヒョロガリの勉強バカにしか見えないだろうし、魔導士から見れば戦士なんてどいつもこいつも脳筋扱いだ。


「「戦士なんてバカばっかりよ(ですわ)」」


 二人は呼吸もぴったりで俺に告げた。正反対に見える二人だが、こういう時だけは妙に息がぴったり合うんだよな。

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