あんた本当に教士なの?

 壁を越えてしばらく車を走らせる。

 異形種に滅ぼされた街や村の無残な光景が、点々と窓の外を流れていった。


 ローザもリリィも口をつぐんだ。特にローザの目の色が今までと違っている。

 今にも燃え上がりそうな感情むき出しの瞳だった。


 まだこの辺りは汚染も進んでいない。が、放っておけばいずれ呑まれる運命だ。


 廃村の入り口付近に装甲車を止めて二人をおろす。積んで置いた機材から撮影用のハンディーカムを取り出した。右手にそれを携えて歩き出す。


「こっからはハイキングだ」


 ローザが一度深呼吸をして、燃える瞳の炎を弱めてから俺に訊く。


「壁を越えた危険地帯で、車を降りるなんてどういうつもりなの? それにカメラまで持ち出して……」


 少し言葉にトゲのようなものが混ざっているが、憎しみさえも力に換える黒魔導士らしい。とはいえ、ローザは少々気が立ちすぎているように思えた。


 俺はせき払いを挟んでから説明責任を果たす。


「装甲車の小さな窓から見る景色だけじゃ、実践教育にはならないからな。カメラは記念撮影用だ。せっかくだし動画できちんと残したいだろ?」


 リリィが首を傾げた。


「わたくし初めて壁を越えましたわ。こんなところでハイキングなんて、カイ先生は命知らずですのね」


「まあ俺がいるから大丈夫だ。二人を死なすようなことにはならないって」


 ローザが溜息を吐いた。


「壁を越えたら死んでも文句は言えないっていうのが、うちの学園じゃ暗黙の了解になってるんだけど……本当に死んだら怨むわよ」


「俺がいた頃と変わってないんだな、その暗黙の了解ってやつ。大丈夫だ心配するな。ちゃんと守ってやるから」


 軽口を叩きつつ装甲車に黒の第三階層魔法――隠蔽をほどこして、俺は村の外へと歩き出した。


 しばらく進んだ先に小山がそびえていた。ローザがぼやく。


「まさか、あの山にでも登ろうっていうんじゃないでしょうね? あれ……あんなところに山なんて……無いはずよ」


 もしかして前に一度、ローザはこの辺りに来たことがあるのだろうか。ご明察だ。

 そんな山は地図には載っていない。


「ああ、そうだ。山なんて無い」


 俺の言葉にリリィが小さく首を傾げる。


「正面にありますわよ?」


 俺は右手で黒のマジックロッドを抜いた。その先端で指し示す。


「あれは山じゃなくて連中の巣だ。まだ根付く前だが……予想よりかなり進行してるな」


 ローザの目付きが険しくなった。


「こんな壁の近くにまで……」


「そう怖い顔するなよ。今日の授業はアレの封印だ」


 リリィが口を半分開けたまま小山を見上げる。


「異形種との実戦演習は三年の後期からではありませんの?」


「実戦の経験は早いほうがいい。というわけで、まずは巣の中を少しさっぱりさせるとしよう」


 ハンディーカメラで右手がふさがっているので、左手で黒のロッドを構えると俺は魔法公式を組み上げた。黒の第七階層魔法――雷帝を土塊でできた小山のような巣に落とす。


 とはいえ性能の低いロッドによって、威力は通常の半分も出ていなかった。


 それでも小山の一角が崩れてなだれを起こし、内部から蟻のような異形種が噴水の如く湧きだした。


 ワーカーアント型だ。一匹一匹は人間の子供ほどの大きさだが、ともかく数が多い。


 こいつらは異形種の中では戦闘員にカウントされず、その役割は巣を構築することに特化されていた。


 しかしながら人間を殺すくらいは容易いことで、屈強な顎は肉を裂き骨を砕く。一匹の戦闘力は、スタミナ切れを起こさないのろまな野犬といったところか。


 二人の力を見るにはちょうど良い相手だろう。


 ローザが自分の得物を抜いて悲鳴をあげる。


「い、いきなりぶっぱなすことないでしょ!?」


 リリィが背中のワンドを抜いた。


「今は人間同士で争っている場合では無さそうですわね」


 こちらを見つけるなり異形種たちが押し寄せる。俺はマジックロッドではなく、ハンディーカムを構えて録画を開始した。


「じゃあ元気に異形種と戦ってみようか。撮影してるから二人とも笑顔でな」


「笑顔で戦えとか無茶言わないでよ! あんた本当に教士なの?」


 怒りの形相で吠えながらローザが魔法公式を組み上げる。炎系だ。驚くべきはその構築速度だった。大人顔負けというか並の魔導士では追いつけないほどの高速っぷりだった。


「燃え尽きなさい!」


 文字通り黒山のような群体めがけ、狙いも定めずローザは黒の第一階層の魔法――炎矢を放つ。彼女の振るったロッドから放たれた炎矢は、一本だったものが敵集団に到達する寸前で、拡散して無数の細かい矢となった。散弾のように高熱の雨が蟻型異形種に降りかかる。


 甲高い悲鳴のような音を立てて、ワーカーアントの先陣が崩れた。連中は致死レベルのダメージを受けると文字通り消滅する。捕獲した場合も自壊するため、解剖や研究ができなかった。


 が、時折、完全に消え去らず結晶体――魔晶石が残ることがある。これが回収できれば御の字だ。魔導文明の機器や車両は、こういった魔晶石から取り出した魔法力を充填することで動力源としている。魔晶石とは、それ自体、固形化した高密度の魔法力とでも言うべき存在だ。


 また、魔晶石は貴重な研究素材として、王立研に高値で売りつけることもできた。

 異形種を倒して残る数少ない鹵獲物なのだ。


 ローザの初弾では、魔晶石は見つからなかったな。


 リリィはというと、彼女は自身に鉄壁と輝盾をかけていた。鉄壁は物理防御で、近接戦闘の可能性も考慮してこれは良いのだが、輝盾は魔法的な防御の強化だ。おそらくセットで使うのが癖になってるんだろう。


「おーいリリィ! 相手はただのワーカーアントだぞ。輝盾は不要じゃないか?」


 こいつらは魔法防御が必要な相手ではない。


「ま、万が一のためですわ」


 ついでに言うと、できればローザにも同じ魔法をかけて欲しいんだが……今回は二人の好きなようにやらせてみよう。

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