この準Aランクの僕に挑もうっていうのか?




 駅に着くとヒルトン家の迎えの車が俺たちを待っていた。一眠りしたあとでもリリィの表情はすぐれない。


 運転手を兼ねる執事は淡々と自分の仕事をこなすだけで、帰って来たお嬢様を心からいたわるような、温かみのある素振りは一切見せなかった。


 後部座席に並んで座ると、俺はリリィに聞く。


「あんまり歓迎されてないみたいだな。俺のことはともかく、せっかく娘が帰ってきたのに、ちょっと冷たくないか?」


「わたくしはヒルトン家を存続させるための駒でしかありませんもの。お父様の考えはわかっていますわ。優秀な若い魔導士を婿入りさせて、早く後継者に席を譲りたいだけ……うんざりしますわね」


 バックミラー越しに運転席の執事の視線が冷たく光る。どうやらヒルトン家にリリィの味方はいないらしい。


 十分もしないうちに、車は白亜の宮殿のような邸宅に到着した。


 軽めの食事と休憩を挟んで、俺とリリィは応接室で当主と面会だ。まあリリィの場合は面会じゃないな。親子の久しぶりの対面ってところか。


 当主――アゼル・ヒルトンは若々しい獅子のような顔立ちで、肉体的にも実に均整が取れている。が、どことなくリリィとは似ていないようにも思えた。


 おそらく彼女は母親似なのだろう。


 わざわざ進み出て、俺の手を両手で包むように握るとアゼルは笑顔を見せた。


「これはこれは、教士の方に送っていただけるとは光栄です……カイ先生」


 丁寧な物腰で暗に「帰れ」と言われた気がする。自己紹介をする前に名前を呼ばれた時点で、俺の下調べと暫定的な評価は済んでいるな、こりゃ。


「本日の家庭訪問……こちらの急な申し出に貴重な時間を割いていただいて、感謝に堪えません」


 皮肉のつもりで言ったがアゼルは意に介さない。リリィはずっと浮かない顔だ。


「カイ先生……わたくしは……」


「まあまずは話をさせてくれ。というわけでアゼルさん……なぜ二年の新学期が始まったばかりだというのに、このタイミングでリリィを辞めさせようと思ったんですか?」


 俺だって多少は大人ぶったしゃべり方もできる。まあ、五分もすれば化けの皮が剥がれるんだが。

 そんな俺を見透かしているのか、アゼルはゆったりと深くソファーに腰掛けながら言う。


「元々、学園に入学することに私は反対でした。理由は二つ。一つはあそこが異形種との戦いの前線であること。ここ数年、異形種の活性は下がっており、次元解析法のおかげで事前に敵襲を察知できるようになった……とはいえ、有事の際にはあの学園が前線基地となることは充分に考えられる。つまり、この世界で有数の危険な場所というわけだ。この世でたった一人しかいない愛しい娘の安全を祈るのは、親として当然の願いだと思いませんか?」


 仰る通りだ。と思うだけで口には出さなかった。


「ではもう一つの理由とはなんでしょう?」


 俺の問いにアゼルは頷く。


「リリィには価値がある。それを狙う輩のどれほど多いことか。しかし娘のたっての希望ということもあり、どの門下にも加わらないという条件で学園に行かせたのです。全ては娘を思えばこそ。娘は我が命であり宝です。そんな娘を、学園内の醜い権力闘争に巻き込みたくはない。ヒルトン家の人間が所属する門下というだけで、他の門下とは比べものにならない注目を浴びることになるわけですからね。娘は誰の道具でもない」


 なるほど。名家というだけで利権が発生するわけか。道理でリリィは二年生になるまで、どの門下にも加わらなかったわけである。


 まいったな。学園から実家に連れ戻されるだけの理由があったなんて。親子の情に訴えかけるあたりも、実に政治家らしくて……嫌な感じだ。


 リリィは申し訳なさそうに眉尻を下げた。これは邪推でしかないが、彼女が訓練で集中を欠いていたのも、こういった悩みを胸に秘めていたからかもしれない。


「では俺が……じゃない、私が彼女の担当を降りれば、これまで通りリリィを学園に通わせることも……」


 最後まで言葉を口にする前に、俺の袖口をきゅっと掴んで引きながら、リリィが小さく首を左右に降った。


「でしたら家に戻るのと大差ありませんわ」


 俺から視線を父親に移して、リリィは告げる。


「わたくし、カイ先生の元で学びたいのです」


 アゼルは「ほう」と目を見開くと、俺を見据えた。まるで値踏みをされている気分だ。


「実は情報提供がありましてね。カイ先生は今年度より教士になられた新人だとか。経験不足の貴方に娘を預けるのは、正直なところ不安が大きい」


 俺の言葉よりも先にリリィが返した。


「カイ先生は非凡な方ですわ! 高い技術と深い知識を有していらっしゃいますもの!」


 リリィが俺をそこまで評価してくれるなんて、むずがゆいが嬉しくもある。

 物腰の表面こそ柔らかいものの、その下に厚い鉄板でも仕込んであるように、アゼルの俺を見る目は笑っていない。


「リリィ、口を慎みなさい。こういう言い方はしたくないが、教士がFランクというのも前代未聞というかね……娘には優秀な家庭教師を用意していますから……入りたまえ」


 トントンっとノックの音が響いて、扉が開くと応接室に金髪碧眼の爽やかな青年が姿を現した。


「失礼します」


 スッと一礼してから頭を上げると青年と目が合った。

 ずいぶんと若いな。まだ少年のあどけなさが残っている。


 身なりもよく、腰のベルトに携えたマジックロッドはなかなかの品だ。

 性能もさることながら、純白の陶磁器のような美しさだった。宝石と黄金で装飾された青年の得物に比べれば、俺のロッドなんて拾ってきた木の棒と同程度のみすぼらしさだ。


 アゼルが口元をほころばせて言う。


「紹介しよう。彼はコーネリアス・バレリーニ。三年ほど前に学園を主席で卒業した英才でね。若くしてBランクの実力者だ」


 少し困ったような顔でコーネリアスは返す。


「次の昇級試験模試でA判定が出ていますから、準Aランクといったところです」


 そして青年は俺に向き直った。


「しかし……いい大人がFランクなことにも驚きですが、それが教士だなんて信じられません。お世話になったマルクス教授の門下なら全員、最低でもでもCランク以上で卒業しますよ?」


 あいつの門下出身か。遠回しな侮辱の仕方も師匠そっくりだ。


「本当かそれ?」


「ええ。出来の悪い生徒は卒業までにふるい落とされますから」


 規定に達していない生徒を破門して、平均点を上げるなんて実にマルクスらしいやり方だ。


 しかし……ということはこいつは俺の弟弟子にあたるわけか。俺も一瞬とはいえ、マルクス門下にいたわけだし。


 俺に一瞥をくれたあと、コーネリアスはリリィをじっと見つめた。


「おかえりなさい。お久しぶりですリリィお嬢様。これからはこのコーネリアスがお側に仕え、お守りすることを誓います。座学も実技も準Aランクの僕にお任せあれ」


 スッと腰を落として跪くと、コーネリアスはリリィの手をとり甲に軽く唇を寄せた。忠誠を誓う騎士のようだ。


「…………」


 リリィは頷きもせず黙り込む。コーネリアスとは面識があるらしいが……この態度からしてリリィもあまり得意ではないようだ。


 居心地の悪い空気で応接室は満たされていた。コーネリアスが溜息を吐く。


「まだ緊張されているのですねお嬢様。これから時間はいくらでもありますから、ゆっくりとお互いの信頼関係を深めていきましょう」


 もうその線で話が決まったような言い方だな。


「……それは……」


 リリィの心細そうな眼差しが俺に注がれた。瞳が訴えかけてくる。


 助けて――と。


 そのつもりで彼女の実家に乗り込んだのだ。食い下がるのは義務である。


 彼女は俺の門下生になったのだから。まだまだ伝え足りない。教えていないことばかりだ。


「リリィは学園に残ることを希望しています。彼女の意志を尊重することはできませんか?」


 アゼルの表情が険しくなった。


「誰の門下にも加わらないという約束を破ったのは娘だからね。これ以上のわがままを許すわけにはいかないな。しかも師事するのがFランクの君のような教士というのであれば……」


 俺に対してアゼルは忌憚がなくなってきたようだ。


「リリィを学内で政治的に利用するようなことはあり得ません。お約束します」


 彼女を利用する方法は別で考えている。もっと有意義で人類全体のためになることだ。

 だが、アゼルの視線が「そういうことではないのだよ」と、雄弁に語った。


 当主の代わりにコーネリアスが吠える。


「身の程をわきまえろFランク! 君のような低級魔導士の出る幕じゃないんだ。マルクス教授から聞いていたが、本当に失礼な人間だな!」


 あー……言いやがったよ。ついでに言えば、この騒動を誰が仕掛けたのかも丸わかりだ。


 まあ、おかげで話が早いな。

 俺はコーネリアスに微笑みかけた。


「では、私が貴方よりも白魔導士として優秀と証明できれば、引き続きリリィを預けていただけるということですか?」


「この準Aランクの僕に挑もうっていうのか?」


 蛇のように目を細め、口元を醜く歪ましてエリート白魔導士は俺を睨みつける。

 だんだんとこちらも取りつくろうのが面倒になってきた。敬語は肩が凝る。


「後輩に胸を貸してあげようかと思ってな。ここ最近の学園のレベルがどんなもんか、三年前の首席卒業生の実力から推し量る良い機会だ」


 コーネリアスは腰のベルトに提げたロッドに手を掛けて俺を睨む。


「アゼル様……屋敷の演習場をお借りできますでしょうか?」


 アゼルは「ほどほどにな」と、眉尻を下げた。

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