いいえ離しませんわ



 学園のそれほど広くはないが、さすが名家の邸宅だけあって、一対一で戦うには充分な専用演習場を邸内に抱えていた。しかも全天候対応のドーム型だ。


 戦場は平地で障害物などの類いは無し。地力が剥きだしになるシチュエーションでの勝負となった。


 コーネリアス側の介添人にはアゼルがつき、俺の介添人はリリィが務める。


 決闘ということで、魔法も仮想ではなく実戦用だ。


 心配そうにリリィが眉尻を下げる。


「カイ先生の実力は疑っていませんが、アゼルの力は本物ですわ」


「前からの知り合いっぽいけど、あいつとはどういう関係なんだ?」


「……それは……その……わたくしが学園に入学する以前に家庭教師をしていて……お父様もずいぶんと目を掛けているようで……ヒルトン家に迎え入れるとさえ……あの男はわたくしを手に入れたつもりでいますの。それが心底……気持ち悪くて」


 口にするだけでも苦しげなリリィの表情は、暗く重たいものだった。世界の終わりみたいな顔をしやがって。


「じゃあ遠慮はいらないな」


 リリィは頷きながらも、瞳を潤ませた。


「相手はロッドも最新の高性能なもの……せめて、どうかこれをお使いになってくださいませ」


 彼女はそっと、自慢のワンドを俺に差し出した。うーむ。ワンド型が苦手っていうのもあるんだが、高性能すぎるのも問題だ。


 不慣れすぎてちゃんと手加減ができないと、コーネリアスを死なせかねない。

 それに俺が使ってワンドに変な癖がついても悪いしな。


「気持ちだけで充分だ。お前は学園に帰る準備をしておいてくれ。明日からみっちり鍛え直してやるから、覚悟するように」


「は、はい……あの……お気を付けて!」


 驚いたように目をまん丸くしてから、リリィの表情がかすかに明るさを取り戻した。


 送り出されてステージの中央に向かう。すでに準備を終えたコーネリアスが自慢の得物を手に、俺の到着を待っていた。


 審判役は先ほど運転をしていた執事だ。もしかすれば公平なジャッジは望めないかもしれない。なら微妙な判定にはならないよう、誰の目にも明らかな“完全勝利”を戦術目標に設定した。


 コーネリアスがロッドの先端を俺に向けて挑発的に言う。


「謝るなら今のうちだよ? カイ君だっけ? 君も学園の卒業生で、何かの間違いで王立研にいたようだけど……研究職と現場は違うんだ」


「それもマルクスから聞いたのか?」


「今回の件、教授から情報提供が無ければ、君みたいな人間にリリィお嬢様を……ああ、想像しただけでもおぞましいよ。低レベルな人間の悪しき慣習に染まる前で本当に良かった」


 マルクスのやつもゲスいことをしてくれる。リリィを自分で抱え込めないと知って、彼女の現状を実家にリークするなんて。しかもゲスな思惑付きで。


 俺も白魔法用のロッドを抜いた。左手に構える。


「左利きか。珍しい……けどそのロッドはなんだ? いくら最下級教士の安月給でも、もう少しマシなものはそろえられなかったのかい?」


「これが一番マシなんだ。とっとと始めよう。帰りの列車が俺とリリィを待ってるからな」


「その軽口、すぐに塞いでやるよ」


 コーネリアスが目配せすると、執事が右腕をスッと天に掲げて……振り下ろした。

 試合開始の合図だ。ルールは事前に決めなかったが、この手の決闘は基本的は相手を戦闘不能にするか、まいったと言わせるか、場外に落とすかで決着が付く。


 さっそくコーネリアスが防御魔法で自身の強化を始めた。

 間抜けか? 距離だってそう離れていないのに、障害物もないところでいきなり棒立ちで自己強化なんて……。


 俺は間合いを詰めて懐に飛び込みざま、右の拳でコーネリアスの顔面を殴り飛ばす。


「――ッ!?」


 尻餅をついてコーネリアスの目が点になる。魔法公式の構築も中断された。ああ、こいつダメだ。攻撃を受けて構築を止めるバカがどこにいるんだ。


「な、何をするんだ!?」


 非難めいた視線でコーネリアスが俺の顔をロッドで指し示した。


「殴っただけだろ。この程度で大騒ぎするなよ」


「あり得ない! 試合ではお互いにまず自己強化をかけて充分な状態になってから、戦うのがセオリーじゃないか!」


「それは白魔導士同士の試合だけだ。相手が黒魔導士や異形種なら待ってくれんだろうに」


 打たれた頬をさすりながらコーネリアスが立ち上がる。


「こ、これはケンカじゃない……神聖な決闘だ。それを愚弄するような行為……リリィ様! こんな奴の肩を持つ貴方ではないはずです! 目を覚ましてください!」


 ステージの端からリリィが笑顔で返す。


「こういった破天荒なところがカイ先生の魅力ですわ!」


 別に奇抜さを狙ってやってるわけじゃないんだが……異形種との大戦を生き残った世代の魔導士と違って、その恐怖を知らず純粋培養された連中なんてこんなものか。

 主席卒業とうそぶくわりに、実践的な能力に欠けるな。


「じゃあ準備ができるまで何もしないで見ててやるから、機嫌を直してかかってこいよ」


「そ、その言葉……後悔させてやる!」


 複数の防御と強化の魔法公式を組み上げて、コーネリアスは戦闘準備を整えた。

 その構築方法や癖を隠しもしない。これでは種明かしをされた手品を、ドヤ顔で演じられているようなものだ。


 おそらく、自分よりも格下相手としか対人戦をこなしたことが無いのだろう。


「さあ、これでそちらに勝ち目はなくなったぞ! 汚い大人め」


「はいはい。じゃあ自慢の防御魔法を見せてもらおうか」


 俺は白の第一階層――光弾を構築した。


「ハハハ! そんなロッドじゃまともな魔法なんて使えないよね? おっと、道具のせいだけでもないかなFランク? だいたい光弾なんて子供でも打てるじゃないか? デカイ口を叩くだけで大したことないね」


 俺がまともなロッドを使ったら、手加減する方に神経をすり減らすだろうに。

 それに光弾は白の攻撃魔法の基礎だ。軽んじるのは感心できないぞ。


 コーネリアスの構築した輝盾の公式を読み解き、敵味方識別を誤認させてから放つ。

 ゆっくりとした光弾の弾速に、避ける素振りもみせずコーネリアスは余裕の表情だ。


「遅いなぁ……ふあぁあ。あくびが出るよ。さすがFランクだ」


 本来なら輝盾によって消滅するはずの光弾だが、スーッとその防御を通り抜けるとコーネリアスの眼前に到達した。


「えっ――!?」


 パアアアアアン! と、青年の目前で光が爆ぜる。それに驚きコーネリアスはもう一度尻餅をついた。


 ステージの対岸で先ほどまで俺を見下し続けていたアゼル・ヒルトンの顔が、すっかり青くなっている。


「お、おい! コーネリアス! 何を遊んでいるんだ!?」


「ひいっ! え、ええと……今のは……ま、まぐれです! すぐにこんな野良犬教士、片手でひねってやりますとも!」


 立ち上がって、今度はコーネリアスの方から攻撃魔法の公式を組み始めた。


 魔法力を使って対応するのも面倒なので、距離を詰めて殴る。蹴る。みぞおちに拳を突き入れる。


 コーネリアス自身、鉄壁を始めとする魔法で防御力を上げていることだし、少し強めにいっても死にはしないだろう。


「グエエエエエエ……」


 みぞおち突きで青年は前のめりに倒れた。


「ひぃ……お前なんか……攻撃魔法が完成していれば……一発なのに……」


 恨みがましくうめく青年の右手から、得物を場外に蹴り飛ばす。これで白魔導士お得意の回復魔法も使うことはできないな。


「格上相手に魔法公式を見せびらかしてどうするんだよ。対人戦の基礎がまるでなっちゃいないじゃないか?」


「お、お前みたいな汚い奴に負けるもんかああああ!」


 半泣きになってコーネリアスは仰向けに倒れたまま、握った拳を俺に叩きつけよう

とした。それを左手にもったロッドで払って、同時に突きだした右の拳で鼻を折る。


 おっと……しまった、つい癖で反撃してしまった。


「ゲニャアアア! は、鼻が! 僕の美しい顔がああ!」


 見ちゃいられない。これ以上恥をさらさせるのも可哀想なので、頸動脈に一撃いれてコーネリアスの意識を飛ばすと、俺は審判役の執事に視線を送った。


 再び執事が手を上げて「そこまで!」とコールする。


 およそ魔法戦とは言えない、まるで戦士のような勝ち方だ。


 ステージ脇からリリィが駆け寄り、俺に抱きついた。


 おい……ちょっとくっつきすぎじゃないか。いや、嬉しいのはわかるが……その……密着して胸の弾力を俺の二の腕に伝えるんじゃない。


「カイ先生素敵ですわ! すばらしいですわ! 今のは相手の輝盾の構成を読み解いて、防御壁を透過させましたのね!?」


「お、おー。良く見てるじゃないか」


 岡目八目ということもあるが、差し引いてもリリィの方がその家庭教師より優秀だ。なにせコーネリアスは俺がやったことに、何一つ気づくことが無かったのだから。


 こんなやつにリリィを預けても、それこそ宝の持ち腐れになるだろう。


 しかし――


「なあ、ちょっとくっつきすぎというかだな……離れてくれないか」


「いいえ離しませんわ」


 瞬間――チュッと俺の頬に何か柔らかいものが触れた。


 残り香と感触に俺は絶句する。


 そして俺以上に、対岸でアゼルが一層青ざめていた。


 ようやく俺から離れると、リリィは父親の元へと向かう。足下に転がるコーネリアスには一瞥もくれない。


 ちょっと前まで半べそをかいていたのが嘘みたいだ。

 ピンと背筋を伸ばして大ぶりな胸の果実を自慢げに揺らしながら、リリィは訊いた。


「というわけで、カイ先生の実力は認めてくださるわよねお父様?」


「いやしかし……白魔導士としての能力はやはりコーネリアスの方が上ではないか? 彼は光弾しか使っておらず、まともに自己強化の魔法もせず、しかも決着が魔法ではなく徒手空拳だなんて……まるで戦士(やばんじん)のようだ」


「実戦さながらとおっしゃってくださいませ。最強の魔導士レイ=ナイト様に師事する前に、カイ先生の元でみっちり『戦い』というものを学びたいのです。そのためにも学園を離れるわけにはまいりません」


 一度こちらに振り返ってウインクをすると、リリィはまるで自分が勝ったような口振りで父親に続けた。


「もし、わたくしを本気で連れ戻したいとお思いでしたら、カイ先生よりも強い白魔導士をお雇いになってくださいませ。というわけでコーネリアスはクビですわね。実力のない人間は不要なのでしょう?」


 彼女の口振りは父親さえも軽蔑しているようだった。親子の関係が修復不能なほど壊れやしないか心配だ。


「ぬうぅ……わかった。無様を晒したコーネリアスには二度と我が家の敷居はまたがせない。学園へ戻る事も認めよう」


「ええ、ではそのように」


 こちらに戻ってこようとするリリィをアゼルは呼び止めた。


「待て。認めるが……条件だ。今のはカイ先生が、実務的な戦闘においてコーネリアスよりも優秀な白魔導士だと証明したにすぎない。彼の強さは認めよう。だが指導者としても優秀であってほしいと思うのだよ。そこで……教士としての実力を今学期中に示してもらいたい」


「また条件ですの?」


「リリィ。お前の実力ならば満たすことなど他愛ない条件だ。次の試験演習でトップをとること……リリィを教えるならそれくらいは当然、してもらわなければならないが……どうかなカイ先生?」


 相変わらずの上から目線な口振りで、アゼルは俺に念押しするように言う。


「おたくのお嬢さんでしたら、何も教えなくとも学年トップはとれると思いますが、微力を尽くします」


 リリィの実力なら、ちょっとコツを教えれば白魔導士の学年別個人戦優勝は、充分に射程圏内だ。


「微力を尽くすか……正直なところ君をこのまま屋敷から出すのが惜しいよ」


 半殺しにでもしたいって空気だが、リリィがいる手前どうすることもできないってところか。


「それじゃあ今日の家庭訪問はここまでということで。帰るぞリリィ」


「はい! カイ先生!」


 来た時とは別人のように軽い足取りでリリィは俺の隣にぴたりとくっついて歩く。

 腕を取って抱くように密着されると……またしても当たってるんだが。膨らみが。


「歩きにくいから少し離れて歩けよ」


「ええぇ!? カイ先生は生徒をそうやって突き放す冷酷な教士ですの?」


 少し強引に腕を振るって引きはがすと、俺はスタスタとリリィの三歩先を進んだ。


「あん♪ もう、カイ先生ったらウブですわね」


「とんでもないことを口走るな。いいか、学園に戻ったらお前には魔法に頼らない身体強化のための、基礎訓練をみっちり仕込んでやるからな。早い内に流血のリリィって呼び名からは卒業してもらうぞ」


 そうそう吐血されても困る。


「あら、その呼び名は気に入っていますのに。今では日常の一部ですわ」


「血を吐くことに慣れすぎだろ……まったく」




 こうして俺とリリィは執事の運転する車で駅に送られ、ほどなくして列車に揺られることとなった。リリィはずっと喋りっぱなしだ。来た時の憂鬱など嘘のように、楽しげなのはいいんだが……話す内容といえば白魔導士レイ=ナイトの英雄譚ばかりで、耳にたこができそうだった。


「ところで、相手の防御魔法を無効化する術を生み出したのもレイ=ナイト様だそうですが、さきほどカイ先生がやったのも、同じ魔導技術ではありませんかしら?」


「ん? ああ……ええと、たぶん違うんじゃないか」


 さっきのはあくまで相手の魔法公式を読み切っただけで、超振動テトラコルドではないんだが……さすがレイ=ナイトマニアだ。そんなマイナーな魔法まで知ってるなんて。


「はぁ……わたくしカイ先生がレイ=ナイト様の弟子なのではとも思いましたのに」


「そんなわけないだろ」

 

 軽口を叩きつつ、帰りの列車が早く学園都市についてくれと俺は念じた。

 ともあれ、彼女が元気になっただけでも家庭訪問をした甲斐はあったかな。

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