全て……わたくしが悪いのですわ
ステージ脇のベンチに浅く掛けて、リリィは力無くうつむいた。
ローザはベンチから少し離れたところでまごまごしている。どれくらいの距離感で接していいのか、計りかねているようだ。
俺はリリィの隣に座った。「落ち着いたか?」と尋ねると、リリィは小さく頷く。
「そうか……急に泣き出したからその……驚いたぞ」
今からでは手遅れかもしれないが、リリィと向き合って話を訊くことにした。
「取り乱してしまって申し訳ありません。全て……わたくしが悪いのですわ」
顔を上げると鼻声になりながら、リリィは悲しげな瞳で笑う。
「いいからええと……良ければ何があったのか話してくれ」
「実家から学園を辞めて戻れと……」
実家というと……ヒルトン家か。
「ずいぶん急な話だな。二年生の一学期だっていうのに」
「え、ええと……一度は学園で学ぶことをお父様は許してくださったのですが……元々わたくしが館の外に出ることさえも心配するくらいで……」
どことなく言いづらそうに、リリィは言葉を詰まらせながら続けた。
「……せっかくカイ先生の元、こうして学べるようになったというのに……悔しいですわ」
後ろめたさを感じさせるリリィに、ムッとした顔でローザが訊き返す。
「悔しいって何がよ?」
「まだカイ先生から何も教わっていませんもの。それに、あなたと決着もつけないまま、去らねばならないなんて……まるで負け犬みたいで」
普段ならローザを手玉に取るようなリリィが、やけに素直で……弱気だった。
再びうつむくリリィを、ローザは突き放すように挑発する。
「言ってくれるじゃない? じゃあ今からこの場でこてんぱんに叩きのめして、本当の負け犬にしてあげるわ! あんたがいなくなってせいせいするわよ」
さすがにそこまで言わなくとも……。おそらくローザの本心からでの言葉ではない。きっとハッパを掛けているつもりなのだ。不器用すぎてそれがリリィに伝わっているのか、正直なところ心配になる。
言い返せないリリィに俺は告げた。
「この通り、素直になれないローザもお前が辞めるのを寂しがってるみたいだし」
途端に耳まで顔を真っ赤にさせると、ローザは「さ、寂しいなんて思ってないわ」と、実に素直で判りやすい反応を示した。
そんなローザにリリィも困り顔だ。俺は続ける。
「なんとか父親を説得できないか? リリィだって学園に残りたいんだろ?」
「わたくし独りではどうすることも……」
ローザが鼻息を荒げた。
「なら、あんたの父親をあたしがぶっ飛ばしてあげる。そうすれば言いなりにならなくて済むんでしょ?」
「こらこらローザ。お前の問題解決方法は一つしかないのか」
「古今東西、力こそが正義なのよ」
思想が偏りがりで過激すぎるな。本当に極端なやつだ。
とはいえ、そんなローザの言葉が染みたのか、リリィが少しだけ明るい表情を取り戻した。
「お父様を倒されてしまうのは困りますわ」
「じゃあどうすんのよ? 本当に学園を辞めちゃうわけ? あ、あたしだって……あんたがいないと……張り合いがないっていうか……けど……」
ローザも複雑そうだ。どう見ても「せいせいする」という顔じゃない。
消沈するリリィに俺は言う。
「そうだな……急な話だが、明日にでも家庭訪問といこう」
「「えっ!?」」
リリィだけでなくローザまで目を皿のようにした。
早朝――学園都市駅の始発列車に乗ると、俺はリリィとともに一路、西へと向かった。
路線は複数あって、北の前線基地や、さらにその先にある戦士養成機関とも繋がっている。が、今回使うのは首都への直通路線だ。
個室客車の席に膝を並べて座る。お互いにかわした言葉は「おはよう」という朝の挨拶くらいだ。
ちなみに、居残りとなるローザには自習を言い渡しておいた。「帰って来たら覚えてなさい。まとめて目に物見せてあげるわ」とは、彼女の言葉だ。
ほどなくして列車が走り出す。
「なあリリィ。首都から離れた最前線に学園都市がある理由を知ってるか?」
「そういえば……たしかに辺鄙な場所にありますわね」
「高度な魔法都市を造るには、魔法力が集まりやすい気脈の上ってのが定石なんだ。このあたりはうってつけだったってわけさ」
「……そう……ですのね」
元気が無いな。
それきりリリィは物憂げに窓の外を見ていたが、三十分もするとコクリコクリと船をこぎ始めた。出発が早朝ということもあったが、昨晩はあまり眠れなかったのだろう。今日の話合い如何によっては、そのまま学園に戻れないかもしれないのだから。
列車の行き先は首都キャピタリアで到着は昼前だった。
ヒルトン家の邸宅を含め、有力な名家はすべて首都の中心地に集められている。
政治形態は議会制だが、名家の有力者でその椅子は埋められており実質世襲制――そのうちの一議席をヒルトン家が持っていた。人類の最高意志決定機関――三百人議会の一員だ。いつかリリィもその一人として名を連ねるのだろうか。
列車の揺れの心地よさに寝息を立てるリリィを起こすのも気の毒に思えた。
ふと、彼女の身体がこちらに倒れ込んでくる。普段はどこか人を食ったようなところのあるリリィだが、寝顔は幼い子供のようだった。
寄りかかられて彼女の体重と体温を感じるのが、どことなくこそばゆい。
「まあ、減るモノでもないし貸しておくか」
俺はそのままの姿勢で、彼女に肩を貸した。手荷物の中から読みかけの一冊を取り出す。到着まではこれでも読みながら、静かに過ごすことにしよう。
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