安心しろ。俺は実力的にはSランクだ

 俺が以前に封印した巣と比べれば、その規模は百分の一にも満たないだろう。


 構造も簡素で、最深部には五分もせずに到着した。


 そこは山の中心部分の空洞だった。

 中央に巨大な水晶のような結晶でできた柱が立つ。その根元の部分が花のつぼみのように膨らんでいた。


 これこそが巣の結晶核だ。


 異形種はこの核から生まれる……いや、発生するという言い方が正確かもしれないな。


 この結晶核を休眠状態にしなければ、先ほど全滅させたワーカーアントがものの数日で復活するだろう。


 結晶核についても解明は進んでいないが、希に魔晶石を内蔵した異形種がいるのは、種の運び屋として群に紛れているから……と、仮説ながら考えられていた。


 魔晶石を抱えた個体が別の土地に移動し、その魔晶石――結晶核を中心に巣を構築する。


 最初は小さな魔晶石でも巣の中で巨大な核へと成長し、活性が臨界点を超えてしまうと手遅れだ。


 結晶核が臨界に達すると、現存する魔導技術では活動を停止させることができなくなる。それを「根付いた巣」と、俺たちは呼んでいる。


 異形種はその巣から湧き続け、大地は汚染されて異形種しか生きられない環境へと作り替えられるのだ。


 こうして人類は異形種に、大陸の半分以上を削り取られてしまった。


「これが結晶核ですのね。恐ろしいはずなのに、こうして見るとなんだかとても綺麗ですわ」


 素直で無邪気なリリィの意見にローザがくってかかった。


「バカ言ってんじゃないわよ。これがどれだけ恐ろしいものなのか……あたしも現物は初めて見るけど、見とれて良いものじゃないわ」


「あら……ごめんなさいね。そうですわよね。わたくしがどうかしていましたわ」


 俺も結晶核や、その元となる魔晶石はキラキラして綺麗だとは思うんだが、口に出して災いの元になった事の方が多かった。


 知的好奇心という点では、たとえ恐ろしい存在を生み出すものだとしても、素直に反応できるリリィの方が、ローザよりも強いかもしれない。


 ローザはその溢れる憎しみを制御できるようにしないとな。黒魔導士ならなおさらだ。


 熱い気持ちを胸に秘めながら、沈着冷静に戦局を見極め、敵の弱点をあぶり出し、最も消耗の少ない魔法力で最大限の効果を発揮する魔法を選択、行使する。それが黒魔導士の仕事だ。


 まあその手本もおいおい見せていかなきゃとは思うが、それはまた次の機会だな。

 そろそろ一仕事といきますか。門下の二人にお手本を見せるとしよう。


「それじゃあ今から、こいつの封印を行う」


 ローザが俺を睨みつけた。


「封印って……まさか本気だったの? Aランク以上の魔導士が数人がかりでするものでしょ?」


 リリィも頷いた。


「そうですわ。白魔導士が結界を張り、黒魔導士が凝結の魔法で結晶核を封じ込めるとと聞いてはいますけれど……場所も特定できましたし、ここは学園に応援を要請するのがよろしいかと思いますわね」


「安心しろ。俺は実力的にはSランクだ」


「Sランクって……バカなの? Aランクが最上位なんだから、勝手にその上を作らないでよ。まあ……力があることだけは認めるけど」


 魔導士の等級はランクで示される。ちなみに俺はランクの更新をまともにしていないので、書類上は学園を卒業した時のままのFランクだ。


 肩書きなんてクソの役にも立たないんだが、わかりやすさからこれで判断する人間は多い。学園の教士のヒエラルキーと門下生の数も比例した。


「バカっていうなよ。俺だって人間なんだから傷つくぞ。ええと、じゃあこいつでローザは録画を頼む。リリィは光球で照らしてくれ」


 ローザにハンディーカムを任せ、リリィには照明をお願いしつつ、俺は再びマジックロッドを左右の手に握り込んだ。


 頑丈さのみが売りのロッドだけに、精度も魔法力の変換効率も最低レベルだが……やるしかない。


 第七界層の白魔法――結界を起動する。この魔法は巣の封印のために生み出された人類の叡智の片翼で結晶核を包み込む。


 そして右手のロッドで第七界層の黒魔法――凝結を立ち上げた。


 ゆっくりと息を吐く。この程度の規模の巣なら問題無くやれるはずだ。もう少しマシなマジックロッドがあれば、目をつぶってもできるんだけどな。


 ロッドの精度の低さを魔法公式内で補正していく。乱れる論理と定理を密度を上げた計算で処理し、高速演算で補完した。


 二人はじっと俺の手元を見ている。


「もしかして……あんた、二つの魔法公式を同時に補正して、そのダメっぽいロッドで使えるように合わせてるの?」


 リリィは「あら、気付きませんでしたわ」と、キョトンとした顔で言う。


 ローザもロッドの性能に苦労しているようだし、俺の補正にめざとく気付くのも当然か。リリィの方はそういう苦労もしたことが無いらしい。


「ローザほどじゃないが、ロッドには手を焼いているからな。限界値の低いマジックロッドで高度なことをやろうとすると、こんな遠回りをさせられちまう……っと!」


 封印の準備が整い、俺は右手のロッドで凝結を結晶核に打ち込んだ。瞬間、結晶に蓄積された魔法力が爆発を起こす。その爆発を内側に封じ込めるための結界だ。


 結界の内部で渦巻く魔法力を黒の第六階層魔法――吸魔で吸い上げる。そして、その魔法力を利用して再び凝結を打ち込み、結界の範囲を狭めて最終的に密閉する。


「完了……だな」


 結晶核はその輝きを失い、珊瑚の死骸のように白色化した。


「これで封印が成功しましたの?」


 興味津々のリリィに俺は頷いた。


「ああ。もうこの巣から異形種が新たに発生することはないだろう」


 ローザが彼女の得物であるマジックロッドを、封印されたばかりの結晶核に向けた。


「壊しちゃえばいいじゃない。あんた……石化が使えるんでしょ?」


「石化ごときじゃ無理だ。俺だって破壊する方法があるならとっくにやってる……っ

て、言わなくてもローザなら気付いてるんだろ?」


 言われて納得するのと同時に、ローザが下唇を噛んで悔しげな顔をした。そのまま小さく頷いたところをみると、納得してくれたようだ。


 今のところ、人類には巣を排除する術が無い。封印することで活動停止に追い込むことはできたが、これを破壊しようと攻撃をしても封印が解けて元に戻ってしまうのだ。


 封印せずに破壊しようとすれば大爆発とともに、その爆発半径を汚染地域にしてしまう。


「それじゃあ、ちゃっちゃと封印した証拠だけ押さえて……帰るか」


 ロッドを納めてハンディーカムをローザから受け取ると、封印された結晶核を撮影した。本日の実習成果として報告できるだろう。


 一通り撮影し終えると、洞窟のような巣の通路を俺は引き返す。


 リリィが俺の左隣にぴたっとくっつくようにして歩き出した。


「カイ先生、質問してもよろしいかしら?」


「べつにくっついてこなくても質問くらいできるだろ」


「あら、これもスキンシップですわよ。ところで……どうしてここに巣があるとわかりましたの?」


「あー……ええとまあ……長年の勘ってやつだな」


 はぐらかす俺の顔をじっと見つめてリリィは「にわかに信じられませんわ」と、驚きの声をあげた。


 背後から「勘っていうのは嘘で、何か特別な方法があるんでしょ? あと、無駄にくっつかないでよ」とローザが冷たい声色で言う。


 それこそ女の勘ってやつだろうか。俺なんかよりよっぽど冴えているが、王立研の機密に該当するので教えられなかった。


 本来なら滅ぼされていてもおかしくない人類が、壁を境に生存圏を確立できたのには理由がある。


 次元解析法リグ・ヴェーダシステム――異形種の群の動きを予測し……いや、予言することができる高精度の神託装置の開発によって、人類は異形種が侵攻するのを事前に察知し、迎撃できるようになったのである。このシステムが運用されて以降、壁の内側に異形種の巣が構築されたことは一度として無い。


 そんな次元解析法リグ・ヴェーダシステムの技術を応用して、壁を越えた付近の巣を事前に見つけておいたのだが……。


「まあ、見つけたのは俺の実力だ。ちょっとしたコツがあるんだが、これは俺だけの秘術というか機密なので教えられない」


 一歩下がった位置から前に歩み出て、俺の右隣に並ぶとローザが「機密だなんてケチ臭いわね」と不満げな顔をした。


「なんだ? 知りたいのか?」


「べ、別に教えて欲しいなんて思わないわよ。ただ……あんたをすぐに倒すのはやめておくわ」


「これだけ見せたのに、まだ俺を教士じゃなく標的にするつもりかよ?」


「いつか倒すわ。けど……あんたから色々と技術を奪ってからにしてあげる」


 ツンと澄まし顔で言うローザにリリィが「カイ先生に技術を教授してほしいなら、もっと素直になればよろしいのに」と、にっこり微笑んだ。


「というわけでカイ先生。わたくしには是非、聖域と結界を教えてくださいませ」


「なあリリィ……ちょっと負荷がかかったくらいで、血を吐くお前にはそれより先に覚えてもらわなきゃならないことがあるぞ。聖域も結界も教えるのはそのあとだ」


「そ、そんな殺生なぁ」


 やや時代がかった口振りでリリィは眉尻を下げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る