完全に俺たちを殺しにかかってる

 荒野にぽつんと土塊の山がそびえている。


 ワーカーアント型の異形種が作る蟻塚だ。一キロ手前に車両を残し、俺たちは徒歩で蟻塚の三百メートル手前まで移動した。


 水を打ったように静かだ。かつては肥沃な農耕地帯だったのだろう。井戸や耕作地に文明の名残はあるが、ただ風が吹き抜けるばかりの寂しげな丘陵地帯がどこまでも続く。


 巣に攻撃をしかければ、それこそ“蜂の巣を突いたような”勢いで異形種が湧き出すだろう。


 集団の先頭に立っていたアオイが、立ち止まり振り返った。


「えーと、たしかバスティアン先生が言ってたんだけど、この辺りの異形種はどれも雑魚ばっかりだから、安心していいんだってさ。というわけで作戦開始!」


 アオイがマジックロッドに光弾の魔法公式を展開した。サリバン家は魔法医の名門と聞いていたが、攻撃系の白魔法の構築も早く美しい。なにより教科書通りだ。


 光弾に魔法力を注ぎ込み、見上げるほど巨大な大光弾にまで育て上げると、宣戦布告かゲーム開始と言わんばかりにアオイは蟻塚めがけて放つ。


 空気を裂いて轟音を立てながら、三百メートル先の蟻塚めがけて大光弾は勢いを無くすことなく飛んでいった。


 アオイの門下生たちが散開しつつ、お互いをフォローできる絶妙な距離を保つ。


 一方、ローザとリリィは手がつなげる距離に並びたった。


 俺も両手にそれぞれ、白と黒の試作高速型ロッドを構えた。一応、万が一に備えてオンボロクソロッドも持ってきてはいるが、こいつに頼るような状況になったらその時点で終わりだな。


 大光弾が直撃し、蟻塚の壁を崩す。そこから文字通り異形種が湧き出すが、様子がおかしい。


 俺はすぐさま白の第一階層――看破で視覚を強化した。蟻塚に開いた穴を凝視した次の瞬間――


 漆黒の槍が蟻塚の穴から吹き出した。


 曲射された黒い群は確実にこちらを補足している。


 咄嗟に声が出た。


「全員輝盾を斜め前方に展開ッ! 死にたくなければ従えッ!!」


 即座にリリィが強固な輝盾を生み出す。隣のローザも一緒に守るような防御の傘だ。


 黒い雨が叩きつけるような土砂降りとなって、上空から俺たちを一網打尽にしようと落ちてくる。


 一瞬、空が黒く埋め尽くされてそのまま押しつぶされたと錯覚した。看破の魔法公式を投げ捨てて防御に専念する。


並列同時詠唱パラライゼーシヨン――連装輝盾!!」


 呆然と動けないでいるアオイや、あまりの出来事に身動きがとれなかった生徒たちを守るように、俺は輝盾を八連装で展開した。


 黒い槍状のそれは魔法力そのものだ。術式に当てはめれば白魔導士の使う光弾にも近い。さしずめ魔槍といったところか。その魔力の波長は白でも黒でもなく、姿までは確認できなかったが、今までに見たことのない攻撃から、新種の異形種の可能性が高かった。


 俺の張った輝盾とぶつかり合うと、激しく魔法力をスパークさせて……消える。

 が、集中打を受けた輝盾の一部が破られた。それに守られていた男子生徒の頬を、魔槍がかすめる。


 ジュッと音を立てて頬が焼けた。まるで赤熱する焼きごてでこすられたようだ。


「う、うあああああああああああああああああああああああああ!」


 悲鳴が上がる。


 ようやく状況を呑み込めたアオイの門下生たちは、一目散に逃げ始めた。

 完全に接敵していたら皆殺しに遭っていてもおかしくない。距離があったことが唯一の救いだ。


 ローザとリリィ以外は、全員が想定外の異形種による遠隔射撃に、完全に冷静さを欠いていた。普段は試験演習などで仮想魔法を使い、死ぬことは無い。それに慣れきったエリートには酷な状況だ。一度死線をくぐったローザとリリィとは、比べるべくもないのである。


 斉射に続けて、崩れた蟻塚の壁から、ソルジャーアント型やマンティス型といった個体強度の高い異形種が湧き出していた。


 アオイが叫ぶような声を上げた。


「な、な、なんだよこれ!」


 俺だって同じように叫びたい気持ちでいっぱいだ。強化した次元解析法リグ・ヴェーダシステムなら、この状況を三日前には把握できたはずだ。


(――となると、連中はそれよりも前に戦力をこんな辺鄙で拠点にもならない蟻塚に集結させて、休眠状態をとっていたっていうのか?)


 異形種どもは今日、この日にこの場所が攻撃を受けると、まるで知っているかのようだった。


 今はこれ以上考えている暇は無い。先ほどの魔槍の第二射も来るはずだ。アオイの顔が恐怖に歪んだ。


「ぼ、ぼ、ボクは自分の生徒を守らなきゃ……あはは……そうだよ! 守るためなんだ!」


 熱に浮かされたような声でアオイは急に輸送車の方角に向けて歩き出した。

 ここで誰かが時間を稼がなければならない。


「アオイ救援を頼む!」


 俺の声にアオイは応えなかった。情けない背中を晒しながら敗走している。乾いた笑いを浮かべて、なにもしていないのにヘトヘトになりながら、生徒たちの後を追っていた。


「バスティアン先生、バスティアン先生、どうしていないんだよ! こんなのおかしいよ! 助けてよ!」


 まるで取り憑かれたように恩師の名を呼び続けながら、アオイは現場を放棄した。


「ローザ! リリィ! 二人も逃げろ」


 数百の異形種の精鋭が俺たちめがけて突撃を開始した。が、二人が引く気配は無い。

 ローザが黒の第七界層――雷帝の構築に入っている。


「足手まといにはならないわ! っていうか、全員で当たればなんとかできるかもしれないのに」


 逃げてしまった生徒たちに恨みがましくローザは呟く。が、リリィの意見は違うらしい。


「パニックを起こされるよりも、いない方がマシですわ。現に初動で相手の攻撃に反応できず、輝盾で自分すら守れないのですもの」


 どうやら説得するのは難しそうだ。

 ここは俺たちだけでしのぐしかない。


「頼むから援軍を寄こしてくれよ」


 アオイの様子からして心許ないが、俺を挟んで左右に並びたった二人に告げる。


「できるだけ俺たちで引きつける。ローザは正面を。リリィはローザのサポートだ。討ち漏らしは俺が狩る」


 雷帝の構築を終えたローザがマジックロッドの先端を異形種の群に向けた。


「それじゃあ遠慮無く行くわよ! 槍術式雷帝!」


 ローザの放った青い雷撃が、迫り来るマンティス型の先行部隊を蹴散らした。

 が、次の瞬間――



ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!



 俺たちを中心に半径数十メートルで、地面がえぐれるように陥没を起こした。


 崩落に巻き込まれ吸い込まれるように落下する。土煙が舞い、視界が利かなかった。だが、周囲に無数の気配が蠢いているのだけは解る。


 体勢を崩しながらも、ローザとリリィはなんとか着地した。墜落にはもう慣れっこなようだ。リリィは自身を強化して耐え、ローザは風刃をアレンジした魔法で軟着陸する。


 俺も咄嗟に飛翔の魔法で対応し、落下のダメージは無いに等しい。

 土煙が風に巻き上げられ薄まると、ようやく周囲を確認することができた。地上から十メートルほどの縦穴の底に、俺たち三人は閉じ込められた格好だ。


 見回すと壁にチーズのような虫食い穴がいくつも空いていた。子供一人通れるかどうかというトンネルだ。


 その小さな横穴に無数のワーカーアント型異形種が蠢いていた。連中はこちらにしかけてくることもなく、もぞもぞと横穴に逃げ込む。ご丁寧に俺たちの退路にならないよう、逃走と同時に穴を塞いで行きやがった。


 落とし穴とは入念だな。再び見上げて確認する。地上まではおよそ十メートル。飛翔でローザとリリィを抱えて出る分には問題無さそうだが……。


 脱出の算段を立てる最中、さらに天から蓋をするように、魔槍の第二射が降り注いでくるのが見えた。


「やばいな。完全に俺たちを殺しにかかってる罠じゃないか」


 即座に輝盾で魔槍の雨を防ぎながら、俺は背筋に冷たい汗を感じた。


 不用意に飛べば魔槍の狙い撃ちをされかねない。


 魔槍が止むと、今度は近接戦闘に長けるマンティス型と、それを護衛する防御役の大型異形種――スカラベ型が、地上から次々と飛び降りてきて俺たちに襲いかかる。


 連携が取れているじゃないか。まったく嫌になる。これまでの異形種の戦い方じゃないな。


 ローザが高速で魔法公式を組み上げる。


「炎矢連撃!」


 超高速の炎矢の三連射はマンティス型を次々と屠っていった。俺も常に輝盾を張っているような、防御の固いスカラベ型に対して白の第九界層――超振動でその防御効果を消していくと、柔らかくなったところをローザが仕留めていった。


 マンティス型とスカラベ型を、ローザとの連携で倒してふと思う。手ぬるい……というか、まるでこちらを試しているような意図すら感じる攻撃だ。


 リリィが俺とローザに鉄壁と加速をかけながら声を上げる。


「次が来ますわ! カイ先生、作戦はありまして?」


「どうやら向こうは持久戦が狙いのようだな。遺憾ながらそれに付き合うしかなさそうだ」


 一気にこちらを潰すつもりなら、全戦力を投入して味方の損耗も考えず、魔槍による第三、第四の射撃で制圧してくるはずだ。


 だが、異形種は戦力を小出しにしている。まるで寄せては返す波のように。


 こいつは実にやっかいだ。全戦力を一挙投入してくれれば……俺には限り無き灰色の魔法系統アンリミテツド――虚蝕がある。


 敵が一カ所に集まってさえいれば、この一撃で大半は消し去れるだろう。が、リスキーだ。もし虚蝕を放てばいくら高性能であろうと、試作ロッドの損壊は免れない。


 残敵の掃討にオンボロクソロッドを使うことになれば、今の俺の魔法力でどこまでやれるのか……。


 ええい。弱気でどうする。こんな時こそ大人が余裕を見せないとな。

 ローザが声を上げた。


「ねえカイッ! 大丈夫……だよね?」


「当たり前だろ。俺はこれでも大戦の影の英雄だぞ。この程度の敵、朝飯前だっての」


 自分で名乗った事は一度も無いが、勇者アストレアという太陽が作った白と黒、二つの色濃い影――それが俺だ。


 シディアンもレイ=ナイトも名前ばかりが大きくなりすぎた。俺は守ることに関しても、勇者アストレアの足下にも及ばない。


 それでも、この二人だけは……無事に外に出してやる責任がある。


 不安げに応戦する二人に俺は改めて告げる。


「例えどんな敵が来ようとも、二人は俺が守る」


 誓いを立てて精神を集中し、ひたすら耐えて救援を待った。


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