エピローグ

ああ。墓まで持っていくよ……

 あれから数日――意外なことにローザの処遇はこれまで通りと通達された。


 合わせて俺もリリィも無事、学園に戻ることができたのだ。これには裏で、学園長ルーファス・ホワイトハウスのただならぬ尽力があったらしい。


 始業前の早朝、うららかな日差し舞い込む学園長室に呼び出された俺は、本人からそう聞かされた。恩着せがましいにもほどがある。


 広い天板の執務机に肘を突いて、両手を組みながら優男が笑う。


「こう見えても私は取引が得意でしてね。議会の方はなんとかしておきましたから。そうそう、カイ先生と門下生の二人を不問にするよう、軍部に匿名ながら超強力な嘆願があったのも後押しになったのですけれど……いったいどなたですかね?」


 名前を出さないのは俺への配慮かもしれないが、そんなことが出来る知り合いは勇者以外に心当たりがない。アストレアにまた借りができたようだ。


「さあな。まあ世の中、きちんと見てくれている人はいるってことじゃないか?」


 しかしルーファスも大概だ。どんなえげつない交渉材料で三百人議会を抑え込んだのだろうか。


「約束通り、例の物はこちらで処分させていただきました。これも条件の一つでしたから……第一研究棟及びその周辺の“消滅”については、バスティアン・ホープ氏が魔晶石の取り扱いに失敗し爆発事故を起こしたということに決まりました。その際に機密保管庫も吹き飛んでしまった。貴方は例のマジックロッドのことは知らない……いいですね?」


 俺の腰のベルトには、相変わらず燃費最悪のポンコツクソロッドが下がっている。


 黒獣と白夜は破断し、廃棄処分となったのである。


 眼鏡のレンズ越しの要求するような視線に、俺は頷いて返した。


「ああ。墓まで持っていくよ……ありがとう」


 大戦を共に生き抜いた戦友の最後は、門下生の二人を守るという使命を全うして終わった。手元に残せば後々、禍根になるかもしれない。これも学園長なりの配慮なのだろう。


 それに早晩、黒獣も白夜も俺の魔法制御に対応できなくなるのは目に見えていた。


 古代魔法と現代の魔導技術の融合という新たな可能性が生まれたからだ。魔法公式の展開に詠唱を補助とした、新型マジックロッドの開発も進めたい……が、そんな予算はどこからも出ないだろうな。


 朝の日差しが柔らかく照らす学園長室に、小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。


 軽くせき払いを挟むと、ルーファスは青いファイルを取り出した。


「ところでカイ先生。アオイ・サリバンの事ですが……当主が行方不明となりサリバン家は議席特権を剥奪されたとのことです。また、アオイ本人の申し出により、サリバン家の資産は第一研究棟および、周辺の復興に充てられることとなりました」


 アオイなりのケジメということか。そういえば、ローザはアオイにたっぷり礼をしてもらうつもりだったようだが、これでご破算だな。


「それじゃあアオイはどうするんだ?」


「共同研究者ということにはなっていますが、アオイにはバスティアン氏による長期間の洗脳の形跡が見られました。軍警の調べでバスティアン氏の犯罪に関わる証拠も次々と見つかっています。共犯の疑いも消えて、全てを失い一から再スタートということになりました。そこでいかがでしょうか?」


 俺にファイルを押しつけるとルーファスは微笑む。


「いや、待て……魔法医学なら他に門下があるだろ? たしかに学園で学び直せとは言ったが、門下生にして面倒をみると約束した覚えはないぞ」


 受け取り拒否をして開くことなくファイルをつっかえした。ルーファスは眉尻を下げて口元を緩ませる。


「やれやれ。アオイは今や貴方の大ファンにして崇拝すらしているようですよ? 根負けしたらいつでも相談してください。三人目の門下生として登録できるようにしておきますから」


 それではバスティアンの位置に俺がスライドしただけだ。アオイのためにも門下に加えるのは避けた方がいいかもしれない。


 とはいえ、今のローザが学園に居られるのも、アオイがバスティアンの研究情報の予備を俺にリークしてくれたおかげだった。


 まいったな。せめて組む相手がいればいいんだが……実戦経験皆無とはいえ、アオイレベルの才能を持った白魔導士と、釣り合うフリーの黒魔導士の生徒なんているんだろうか。


 と、いかん。あいつを門下に加える算段をするなんて。ローザとリリィで現状は手一杯だ。


 学園長が小さく息を吐く。


「では、私からは以上です。今日も一日、良い教士であってください」


 学園長室から社交辞令と一緒に吐き出された俺を、廊下で待つ少女の姿があった。


 二年の黒魔導士――ペトラ・パーネルだ。ローザの自称ライバルがこんな朝早くから、学園長室にいったい何のようなのだろう。


 じっと俺を睨みつけると、ペトラは蚊の鳴くような声で言う。


「ローザちゃんを……あり……がと……」


 呟くやいなやペトラは赤いツインテールを揺らして、廊下の向こうに風のように去っていった。


 いったいなんなんだったんだ今のは。そういえば、ペトラも黒魔導士の名門パーネル家の出身だった。アオイと釣り合うかもしれない。


 いやいや、無いか。


               ※   ※   ※


 午後の訓練のため、演習場に向かった。門下生の二人はちょうど準備運動を終えたところだ。


 リリィはこれまで通りだが、ローザの左手首にはこれまでにない銀の腕輪が嵌められていた。アオイ経由で得たバスティアンの研究資料から、異形種の通信を遮断する術式を埋め込んだものだ。ローザ自身の魔法力で効果を発揮し続けるその魔導器は、即席ながらも充分に効力を発揮した。


 リリィがうらやましそうにローザの左手を見つめる。


「ローザだけカイ先生の手作りアクセサリーなんて不公平ですわ。左手の薬指は空けておきますから、将来はそれにぴったり合うリングがいいですわね」


 ローザが首を傾げた。


「え? なんで左手なの? リリィは右利きでしょ? っていうか、あたしのこれはアクセサリーじゃないし、右手だとマジックロッドを振りにくいから左手首につけてるんだけど……ちょっとリリィ、なによそのムズムズした顔は?」


 リリィが顔を真っ赤にさせて口ごもった。


「も、もしかして知りませんの?」


「し、しし、知ってるわよ。ええとあれでしょ……あっ! カイが来たからこの話はまた今度にして、今日もばっちり特訓ね!」


 ローザの瞳は美しいアメジスト色に戻っていた。彼女の中の異形種はリング型魔導器によって、現在は休眠状態にある。バスティアンの研究は高度なもので、その才能は紛れもなく天才と讃えられるものだった。おかげで副作用やローザ自身の魔法力を阻害することなく、ピンポイントで異形種の力のみを抑え込む魔導器を作ることができたのである。


 この影響なのか、ローザという情報の核を失った異形種たちは、組織的な戦術を使うことがなくなったという。


 一時期の不調も嘘のように次元解析法(リグ・ヴェーダ)システムの運営は順調で、世間一般で言うところの“第一研究棟爆発事故”以降、散発的な異形種の襲撃は全てこれまで通り前線基地の部隊が撃退に成功している。


 そしてこの度、首都においてより機能を限定した低消費魔法力型の次元解析法リグ・ヴェーダシステム設置が決まったとのことだ。議会議員は不安を煽るとこれまで設置に反対してきたようだが、真相を知る上層部の強い後押しがあったに違い無い。


 俺とローザの無事は、どこかそういったこととの“兼ね合い”なのかとも思う。


 バスティアンを倒したあの日以来、ローザは時折憂うような悩むような悲しげな顔をするようになった。だが、その都度リリィがそっと彼女に声をかける。リリィがいない時には、俺がローザの相談相手を務めた。


 全てが今までと同じく元通り……とはいかないが、この二人と過ごす日々が終わるのを少しでも先延ばしにすることができたのを、今は素直に喜ぼう。


 そして、ローザとリリィがまた一歩、前に進んだことも……。

 俺は二人に告げる。


「じゃあ今日は久しぶりに二人で一対一の攻防をしてみようか。この数日でお互い、様々な経験をしたからな」


 リリィがマジックワンドを手にしてバトンのようにクルクルと回転させた。


「いざ、尋常に勝負ですわローザ! 逃げるなんて許しませんから。わたくしと供に、魔法を極めますわよ」


 ローザも応じてマジックロッドを手にした。中身は王立研謹製の試作高速型ロッドだが、外装は破断してしまったローザのロッドに換装してある。


 見た目はこれまでと変わらなくとも、中身が別物という意味では今のローザと同じ境遇だ。


「ええ……絶対に負けないんだから!」


 対抗意識を燃やしながらも、二人の視線は互いを信頼し、言葉はなくとも通じ合っているようだった。


 これからもそんな二人の少し先を歩き、魔導士としての道を示していく。今の俺にできるのはそれだけだ。


 きっとその先に、人類の希望があると信じて。

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はぐれ魔導教士の無限英雄方程式 ファミ通文庫 @famitsu

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