第2話

「で? アトス君とルー君は王様と爺さんの何に当たるのかな? 子供? 親戚?」


俺の問に二人は面食らったように顔を見合わせている。俺の知らない情報をアイコンタクトでやり取りしている風にも見え、なんだか気に入らない。


「正直にサッサと答えてくれないかな。俺は急いでるの!」


眉間にぐっとシワを寄せて二人を睨みつけると、アトスが慌てたように答える。


「よ、私は王のはとこの子。親族だ」

「僕は……弟子。弟子です!」


なんか思いつきで言ってるふうな気配がするものの、確たる証拠もないので嘘とも言えない。

二人が言うには、アトスは王様の親戚で、ルーはルシャン爺さんの弟子らしい。俺が何とな~く検討つけていたように、王様と爺さんが異世界見物をしている間に、この門を見張っておくのが仕事らしい。

突然こっちに引っ張ってこられたのなら、お気の毒かもしれない。


「 二人は今本当にいないの?」

「うむ。すまぬ」


ーーアトスの変なしゃべり方は王さま譲りなのかな?


「はぁ~。何してくれてるんだよ。あの人達」

「急用だって言っていたけど、何かあったの?」


ーールーは魔法使いの弟子と言っていたから、何か知っているかもしれないな。


俺はガガさんの事を掻い摘んでルーに説明する。

城で騒ぎを起こした辺りに話が差し掛かると、アトスが悔しそうに口をへの時に曲げる。やっぱりお城を壊されるのは嫌だよな。なんていう俺の心配はいらなかった。


「何で予がいない時に限って、楽しそうなことは起こるんだ!」


やっぱり王様の親戚なだけはあるな。

似てないのは姿だけで中身は王様そのものだな。

いい、こいつは放っておこう。


「とにかく、ガガさんが元いた《隠れ谷の森》に彼らを返して欲しいんだよ! 今すぐ連れていくのが無理にしても場所くらい知らないかなぁ?」


「ん! その場所なら……」


ルー君がにっこり笑顔でなにか言おうとした途端、すごい速さでアトスにカッ攫われる。端っこの方でゴニョゴニョ耳打ちされ、戻ってきた時には口が重くなっていた。困り顔でしどろもどろに「お師匠さんに聞いておきますね」と、言ったきり黙る。


「1週間後じゃないとダメなの?」

「はい……ごめんねぇ」


ーーもぉー。使えねぇなぁぁぁ!


勝手に異世界の門を開いて、人の家に押し掛けて、旅行だぁ?

やりたい放題だな!

戻ってきたら覚えてろよ!


「また来るから、爺さんと連絡とっておいてよね! って、俺また向こうに戻らなくちゃならないんだけど。母さんどうしよう。それに学校も」


「あぁ、大丈夫。それはこちらで何とかするので」

「へ? 何とかするって……」

「まぁまぁ」


なんだろう。この胡散臭さ。

ルシャン爺さんっぽい。やっぱり爺さんの弟子だからそういう所も似るんだろうか?

でも、何とかしてくれるなら有難い。

有難いけども……。


「あのさ。変なことにはならないよね?」


もう充分おかしなことになってるけども。

これ以上のトラブルはごめんだ。向こうの世界でも大変なのに、戻ってきた自分の世界までイザコザが起きてしまうなんてお腹いっぱいすぎる。

お腹いっぱい過ぎて腹を壊しそうだよ本当に。


「大丈夫、困ったことにはならないから心配しないで。ほんの少し、チョチョっと催眠かけてこちらで違和感のないように事情を調整しているから」


「母さんに催眠術掛けてるの!?」


ーーおいおい。人の親に何してくれてるんだよ!


「変な洗脳してるんじゃないよな!? 俺がちゃんとこっちに帰ってきた時に、以前と同じように戻れるんだろうな?」


「え? マサコさんには催眠術掛けてないですよ? お話したら、ちゃんと分かってれたし。まぁ、嘘の事情ですけれど」


それはそれで複雑な心境になる。

母さん、そんなに簡単に騙されないでくれよ。


「はぁ~。それじゃあ、とりあえず1週間くらいしたらまた来ればいいのね」


「はい! ちゃんと聞いておきますから!」


クソぅ。早く帰れとばかりに元気取り戻しやがって。

戻りたくない。戻りたくないよぉ。本来俺がいるべき場所はこっちなのであって、理解不能な生物が蠢くあちら側じゃないんだよなぁ。

でも、迎えに行かなくちゃいけない女の子もいるし、ナットさんも待っているし、モモちゃんもおうちに帰してあげないと……。

頑張ろう俺。ちゃんと帰れることだけでも分かったんだいいじゃないか。サッサと用事済ませて帰ってこよう。


にこにこと見送りをするアトスとルーに歯軋りしつつ、俺は何度も溜息をつきながら2階のトイレのドアを開ける。


「あ、そう言えばルシャン爺さんの部屋。今は瓦礫の中なんだけどセキュリティとかどうなってるの?」


この実験って極秘なんでしょう?

向こう側には見張りを置かないの?


「それも心配いりません。取っておきの見張りがついてるから安心して」


俺がこっちに来る時、門の側には誰もいなかったんだけどな?


疑問は残るものの大丈夫と言っているんだから平気なのだろう。俺は光り輝く門の前に立つ。


ーーあぁ、行きたくない。なんか理由をつけてもう少しこっちに残りたい。こいつ等のどっちかに代理を頼んでしまおうか……っ!?


「行ってらっしゃ~い♡」

「おわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


門の前でウダウダしていた俺の背中を『早くいけ!』とばかりにルーが突き飛ばす。何っちゅう扱いしてくれんだ! 爺さんも爺さんなら弟子も弟子だな!


『頑張ってね~』と遠くなって行くルーの声を聞きながら俺は再び異世界へともどっていった。



***マサルの帰ったあと***



「ふう、危なかったなルシャン」

「マサルってお母さんに似たのかもね。王様と僕の正体に気付かないんだもの」


まぁ、僕は数百年も若返った姿をしているのだし、王様も少年の頃の姿なのだから分かるはずもないのだけれど。


「うむ、疑うことを知らぬやつよ。これで1週間は安泰だな♪」


王様が喋り方を改めないから、いつバレるかと冷や冷やしたけど、取り越し苦労で済んでよかった。


「ところで、マサコどのには何と説明する?」

「うん。魔法でマサルが戻ってきた記憶は消しとくから大丈夫よ」


マサルが『こちらの世界では魔法が無い』って言っていたから少し心配していたのだけれど、支障なく使えるようでよかった。こちらの人々は魔法の分野を開拓しようと思わなかったのかなぁ?

興味深いところだね。


「さて、王様。どこに出かけたい?」


僕の問いかけに王様は楽しそうにニカッと笑うと、昨日買い込んできた旅行誌とやらを床に広げた。




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二階のトイレが異世界につながった件 縹 イチロ @furacoco

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