第3話

「バカ言うんじゃないよ。仕事をして相応の報酬をもらう。それが働くってことだろう?」


差し出された二つの革袋をハディさんは押し返しながらなおも続ける。


「生憎うちは小娘をただ働きさせなきゃならないほど、落ちぶれちゃいないのさ。働きに見合う報酬だよ。取っておきな」


私は革袋の重みを感じながら自然にほほ笑んだ。


ーーわぁ。バイトしたのなんて初めてだ。


「それからオーヌ。あんたからはお金は一切受け取らないからね。前使っていた革袋は足がつくから捨てたけど、その新しい方に貯めていたお金は足しておいたから。考えて自分のために使うんだよ」


「でも、それじゃあ」


奴隷市場の役人から情報を流してもらうための賄賂。先ほどの老婆に対する報酬。その他細々した支払い全てをハディさんが持ったのだ。そのお金はどうするつもりなのか?

決して安い金額ではない。

恩人に損をさせたくは無いとオーヌが食い下がる。


「そんなに心配なら教えてやるけど」


ハディさんは余り話したくなさそうにしていたが、このままではオーヌが気に病みそうなので教えることにしたようだ。


オーヌが地獄の対価を支払った時、連れてこられた老婆が持ち帰った桶の中には切り取った皮膚が入っていたそうだ。

人の皮膚には需要がある。呪術師が薬を作る時の材料。獰猛なモンスターを狩る時の撒き餌、少々特殊な宝飾品の材料など。理由はともあれ、それが欲しいという買い手が存在するのだ。

もちろん喜んで提供する者はいないから、生きた皮ともなると希少な高額商品だ。


「あんたにかかった費用は全てあんたが払ったってわけ」


お釣りがくるくらいだね。

あたしも商人のはしくれだよ。損する仕事するわけないだろ?

そう言って鼻で笑う。


「それからあんた」


と私の方を向く。

住み込みのいい従業員が来たんだよ。牛のように食べるわけでもあるまいに、あたしに何の損があるっていうのさ。


ハディさんは余計な心配してないでとっとと出かけなと言って、私たちをテントの外へ追い出した。


**


「あ~。な~に買おうかなぁ~」


ついさっきハディさんに言われたばかりなのに、もう忘れてしまったらしい。ウキウキとした足取りでミティさんがクルクル回る。手にした硬貨の使いどころをあれこれ考えているようだ。


「あ、でも先に《失せ物探し屋》に行かなきゃね!」


私とオーヌの間に入って腕を組む。

そのまま私たちを引っ張りながらスキップを踏むので、3人で跳び跳ねているように見える。


こんな風にはしゃぐのなんていつ以来だろう?

オーヌがハディさんにつられてスキップを踏む。『ルビーも!』『さぁ、早く!』と急かされてデタラメなスキップを踏んだ。仕方ないじゃない。リズム感無いんだもん。


すれ違う大人が、眩しいものでも見るみたいに目を細める。


ふざけあっていると、オーヌの胸元からキラキラ光るネックレスがこぼれでた。おしゃれなものに目の無いミティさんがすかさず見つける。


「なにそれ。可愛い!」

「お母さんの形見なの」


それを聞いたミティさんの表情が曇る。


「言い辛いけど、昔のものは身に付けない方が身のためだよ」


何から過去が割れるかわからない。

姿が別人になったとしても、オーヌのもと主は同じ街中にいるのだ。用心しすぎることに越したことはない。


「でも、これだけは手放せないよ」


たった1つの家族の思い出の品。道に迷わないようにと小さな銀の羅針盤が付いている。


「なら、見えないようにこれをしてな」


ミティさんはポケットから大きいハンカチーフを取り出すとオーヌの首に巻いた。これなら見えないと頷いて見せる。誰だって捨てられないものの1つや2つある。


ハディには内緒だね。そう言ってミティさんはまたスキップを踏んだ。


「ここが町で一番腕のいい探し屋だよ!」


暗い色合いのテントの前で足を止める。

ミティさんが指差す先を見ると、《失せ物探し屋》の前には既に行列ができていた。

評判なら仕方がない。私たちも行列にならぶ。


「一緒に待たずに買い物に行って良いですよ?」


道沿いに並ぶ露店や、売り行が通り過ぎるのを、好奇に満ちた目で追っているミティさんが気の毒になってきた。本当は見に行きたいのだろう。


「えー。でも、一人で待たせるのも悪いじゃない」


「それじゃあ、私の番になるまで近くの露天を覗いてきたら良いんじゃないですか?」


ミティさんは少し迷うように空に視線をさ迷わせたが、やっぱり好奇心には勝てないらしく、それじゃあ少しだけと言ってお店の方に走っていった。


「オーヌさんも見に行っていいよ」

「オーヌで良いですよ。私も占ってほしいのでここで待ちます」


行列はゆっくりと短くなっていき、戻ってくる度にミティさんの手荷物は増えていった。それを見てオーヌとふたり、大丈夫かな、またハディさんに叱られるんじゃないかな等と心配する。


あと少しで自分達の番と言う辺りで、テントから柄の悪そうな先客が出てきた。年格好もバラバラな3人組は、肩で風を切りながら周りを脅すように睨んで歩く。すれ違いざまそのうちの一人が私の方を藪にらみに睨んだあと、仲間のうち一番偉そうな叔父さんに耳打ちをした。


なにか嫌な予感がした。

当たらなければいいのにその予感は当たって、3人組が引き返してくる。ふいに、手を捕まれてオーヌを見れば青い顔をして、助けを求めるような表情を私に向けていた。


ーーもしかして、不味いよ!


何か行動する間も与えられず、顔をあげるとすでに目の前に男達はたっていた。何か言われるのかと思えば、突然オーヌの手をつかんで連れ去ろうとする。

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