不思議の森の女神さま
第1話
スウィニードの村を後にした俺とナットさんは、深い森の中にいた。
前に王宮で見た地図で言うところの、平原から森林地帯へ入ってきたところだ。
この森を抜けると、また平原が広がり、砂地の荒野の向こうに砦の町はあるはずなのだ。
がむしゃらに急いでもお尻が痛くなるだけだ。
俺は初めて馬車というものに乗ったのだけど、これがなかなか見た目の優雅さとは違い長い時間乗るのに向いていない。ナットさんのご家族が、なるべく居心地よくなるよう工夫してくれたのに、ずっと座っているとお尻や腰が痛くなってしまうのだ。
この世界にゴムタイヤさえあれば! 悔やまれる。
今は泉のほとりでテールに水を飲ませながら、ナットさんと俺は貰った果物をかじりつつ休憩中だ。
ここは大木がそびえる古い森で、妖精や女神が住んでいると言い伝えられているそうな。森を通るものは『お邪魔しま~す』という謙虚な気持ちで行かないと、そう言った精霊に袋叩きに遭うという。
なんとも恐ろしげな森だ。
森にはいる前に聞かされたナットさんの話で、俺のテンションはただ下がりになったが、いざ入ってみると涼しいし、景色はきれいだし、清流や泉も見られてそんなに悪くない。
もしかしたら、自然を荒らさないように注意を促すための言い伝えだったのかもしれない。
澄んだ泉のふちに倒れた木に座り、ブーツを脱いで素足になった俺は、冷たい水に足を浸してリンゴを食べていた。
「マサル~。私にも1つ下さい」
ナットさんが『投げて』という素振りをするので1つリンゴを投げる。が、惜しくも届かず泉に落下した。
「ナットさん、ごめ~ん」
不精な渡し方をした俺が不味かった。
今度はちゃんとリンゴを届けにいこうと立ち上がろうとしたとき、泉に異変が起きた。
俺がナットさんに投げたリンゴが落ちた辺りから、大量の泡が吹き上がり水飛沫をあげる。ナットさんは飛び散る水から身を守るように手をあげた。
--まさか! モンスター!?
俺は剣をつかむと裸足のまま走り出す。
けど、間に合いそうもない。
気を逸らすことが出来ればと、まだ手に持っていたかじりかけのリンゴを握りしめて水柱を狙った。
姿を現したのは、水色の長い髪を垂らした未だ幼さを残す少女だった。
両手に1つづつ金色のリンゴと銀色のリンゴを握りしめ、お決まりの台詞をナットさんに問いかける。
「あなたの落としたリンゴは、この金のリンゴですか? それともこの……」
--あ、やべ。
時すでに遅し、俺が全力で振りかぶったリンゴはすでに手を離れていた。
紅いリンゴは鮮やかな弧を描いて少女の側頭に
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
ナットさんが少女の頭に湿布をはり、布で固定しているそばで俺は土下座していた。俺は生きてきて 誰かに土下座をしたことはないが、今するべきだと思った。
正直者を称えるために現れた女神さまに、俺は事もあろうか
「あ、大丈夫です。えっと、それより落としたのは金と銀どちらのリンゴでしたか?」
負傷しながらも任務は忘れない。
勤勉……。
「ふ、普通のリンゴです」
「正直者ですね♪ 両方あげましょう」
「ありがとうございます……」
女神さまは両手に持っていたリンゴを俺にくれた。
怪我させた上に恵んでもらうとか。申し訳なくていたたまれない。
「あの、このリンゴなんですけれど」
ナットさんがリンゴを3つ4つ抱えて持ってくる。
女神さまへあげようというのだ。さっきぶつけられた果物を貰ってくれるかと言う俺の心配を他所に、女神は顔を輝かせた。
「嬉しいなぁ。初めて人から捧げ物をされた!」
小さな女神は素直に喜んだ。
俺はますます居たたまれない。本当にごめんね。
女神はリンゴを抱えると『ありがとうございます』と可愛らしい微笑みをくれた。
「あんまり長居してはいけないんです。それではまたご縁がありましたら」
「本当に怪我させてすみませんでした! 金のリンゴありがとうございました!」
俺はゲームセット後の野球少年のように勢いよく頭を下げた。そんな俺を見て女神は『間違えは誰にでもありますから』と優しいことをいう。
マジ、女神!
泉にゆっくりと姿を消す女神を見送ったあと、ナットさんが彼女について教えてくれる。ウンディーネと呼ばれる水の精霊で、他の聖霊と比べて人に優しいそうだ。先ほどのウンディーネは幼く見えたけれど、それでも人から比べればうんと年上だという。それこそ数十年、下手をすれば数百年単位で。
「名前くらい聞いておけばよかったかな」
「そうですね。そうすればお土産話に箔が付きましたよね」
止めてナットさん!
村の子供達に、女神にリンゴを投げつけた不届き物の話はしないで!
十分に休んだし、もうそろそろ出発することにして荷物をまとめる。俺はブーツを泉のほとりに置き忘れたことを思い出して取りに行った。
「滑らないで下さいよ。金のマサルは要らないですからね」
「もう、勘弁してよ~」
ナットさんの軽口に俺は苦笑するしかない。
さすがにさっきの今で女神を呼び出すとか悪いし、金の俺って……。
嫌だわ。絶対に嫌だわ。
でも、あの勤勉な女神さんならやりかねないな等と想像する。
そのとき、俺の持っていたブーツの1つが泉に落ちてしまった。ナットさんも思わず声をあげる。
「あっ!」「あー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます