魔女覚醒!?
第1話
私たちがお風呂から帰り、テントに入ろうとするとハディさんに止められた。ミティさんに目配せする。彼女が今までに無い、鋭い目付きでテントに忍び込んでいく。不安になり、ハディさんを見ると、優しく笑って人差し指を口の前にかざしてみせた。そのとき、奥でドタバタと争う音がして、再び静かになる。
どうしたんだろう? 不安な気持ちで耳をそばだてていると。
「もういいよ~」
かくれんぼをしているような、のんびりとしたミティさんの声がする。ハディさんが先に立ってテントの中に入ると、奥の倉庫で誰かを組伏せているミティさんがいた。
「ハディのテントに忍び込むとはどういう了見だい」
ぐるぐる巻きにロープで縛り上げられた侵入者は、痩せっぽっちの女の子だった。
傷だらけの手足、見えないところはもっと酷いかもしれない。ガサガサに肌はあれ、髪もただ乱暴に切ってあるだけで、手入れされてるようすはない。
脇腹に痛々しい火傷の跡が、火膨れのように盛り上がっていた。
体にまとっている布は、もう服と呼んでいいものやら。ボロボロだ。
世界のすべてを疑っているような怯えた目を、落ち着きなく動かしている。
人と目を合わせるのが怖いみたいだ。
「こんなものを持っていたよ」
染みだらけの小さな革袋と、羊皮紙のはし切れをハディさんに渡す。羊皮紙には何か書かれていたようで、それを見たハディさんの表情が変わる。腹ばいになっていた少女へ近づき座らせると、合わせようとしない視線を自分に向かせる為に、顔を両手で優しく挟みこんだ。しっかりと目を会わせて尋ねる。
「はっきり自分の口から言いな。あんたは私にどうしてほしい?」
「助けてほしい……助けてください」
ポロポロと涙を流しながら、それでもそういった瞬間、その子は確かにハディさんの目を見ていた。どうにもなら無い状況から、何とか抜け出そうともがき続けてきた者が浮かべる、悲しい目の色をしていた。
「対価の話は知っているね? 支払う覚悟はあるかい?」
「ある。我慢する」
女の子はどこか怯えていた。
けれど、何事かを決心しているらしく何度も頷いた。
「あんた名前は?」
「ラジ」
「今からあんたは《オーヌ》だよ」
オーヌと名付けた少女の頭を撫で、ハディさんは立ち上がると忙しなくなった。
「ミティ。婆さんを呼んできて。オーヌを家の子にするよ」
聞くやミティさんは、とびきりの笑顔を浮かべてテントを飛び出していった。何が起きているのか分からずに、取り残されている私をハディさんが呼ぶ。取り出したすり鉢に、商品の中から選んできた薬草やオイルを入れながら、それを私にすりおろしておくように告げると、オーヌを連れて裏へ消えた。
暫くするときれいに洗われたオーヌとハディさんが戻ってくる。私のすりおろした薬草のパテをオーヌの濡れた髪へ馴染ませていく。
「ピリピリすると思うけど我慢おしよ」
髪が終わると、また別の薬草を磨り潰す。今度はそれでオーヌの顔や手に繊細な模様を描きはじめた。
それらがすっかり乾くと、また裏に行って洗い流す。
オーヌの髪は鮮やかなピンク色に染まり、顔には紅い筋で鳥の羽のような模様が浮かんだ。白い麻のチュニックに、薄い緑の七分長のズボンをはいた彼女に、前の薄汚れた印象はない。新種の花のようなオーヌを、鏡の前に立たせてハディが言う。
「かつてのラジはもう死んだ。今日がオーヌの誕生日だよ」
その時、お婆さんを連れて裏へミティがテントに戻ってきた。
「さぁ、対価を貰うとしよう」
テントの奥、木箱や中身の詰まった麻袋が積まれている影から、この世のものとは思えないような、苦痛に満ち、圧し殺した悲鳴が漏れ聞こえる。店先で見張りを頼まれた私は、なにか悪いことの片棒を担がされているのではないかと、不安にさいなまれていた。
--あの子は何をされてるんだろう?
ミティさんが隣に来て座る。
手にしていたパンを私に片方渡して、自分のをさっさと食べ始めた。モグモグ咀嚼しながら私の顔色を見ている。顔色を失って落ち着きのない私を見て、ぐしゃぐしゃと赤髪の頭を搔いた。
「ハディはさ。ルビーは何にも知らない方が良いって言うんだよね。でもさ、
心を見透かしたようなことを言った。
どう返事したものか迷っている私に、『早くサンドイッチ食べなよ』と促しながら話をつ続ける。
「奥でね。何してるかっていうと」
オーヌの生皮を剥いでいるんだよ。
その言葉に、私は持っていたサンドイッチを落としてしまう。『あー、もったいない』と叱るミティさんの手を思わずつかんだ。凍りついたような表情の私を少し驚いたように見て、安心させようとミティさんは微笑んだ。
「うちらはね。《地獄の対価》って呼んでる」
奴隷が逃げるために支払う代償なのだそうな。
この国には奴隷制度がまだあると言う。
貧困の末売られる者。戦争で捕虜になった者。生まれつきの者。理由は様々だ。
主の気性や道徳の有無により、その待遇も異なる。
家族や従業員のように丁寧に扱うものもいれば、虫けらなように粗末に扱って死なせる者もいる。
「その最悪な主が、所有物としか思っていない奴隷に何すると思う?」
焼き印を入れるんだよ。もしくは大きな入れ墨。
魔法で消せない特別なやつ。
処遇に苦しんで逃げてもその印のせいで連れ戻される。
待っているのは更なる地獄だ。残念ながら、その非道な行いを罰する法がない。ハディさんの言うところのウジ虫どもはやりたい放題だ。
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