戻って来ちゃったけど何だこれ?
第1話
俺は見慣れたドアを勢いよく開いて廊下へ飛び出した。
「俺の家。うん、俺の家だ」
--何にも変わってない。
少ししか離れていなかったのに、もう随分時が経ってしまったように感じる。はぁ~、このまま無事に戻れて『めでたし めでたし』で終われたならどんなに良かったことか。
階段を駆け下りて居間のドアをバンッと開く。
するとそこで、母さんと見知らぬ少年二人が食卓を囲んでいた。すき焼きの甘辛いにおいが漂っていて、思わず腹が鳴る。
ーーこの人達は誰?
「あら、お帰りなさい。なぁに、その恰好? 学芸会でやった『ウイリアムテル』みたいね」
振り返った母さんが懐かしいといって笑っている。
いやいや。それより。
「何やってるの?」
「何って、すき焼きよ。予定より早かったのね?」
「予定?」
「交換留学でしょ? 何とかっていう。難しい名前の国の」
「は?」
「そうそう。そういうことは事前にちゃんと言わないきゃダメじゃない。お母さん本当に驚いたんだから」
母がのたまうには、俺は交換留学とやらで交流のある外国の高校へ行っているとの事だった。そして、母と共に食卓を囲んでいる異国の少年二人は、交換で二ホンへやってきた生徒さんなのだそうな。
--へぇ。初耳だな。
ちらりと視線を投げたところ、食卓を囲んでいる二人の少年は気まずそうに視線を逸らす。うん、知っているね。その顔は事情を知っている顔でしょう?
「面白い服装ね。向こうの民族衣装か何かなの? ご飯まだならマサルの分もあるわよ。手を洗って早く座りなさい」
どんな手を使ったかは知らないが、どうやら母さんは俺が異世界へ転送されていた事実や、こいつらの本当の身元は知らないらしい。でっち上げられた偽物の情報をうのみにして疑いもしていないようだ。
大丈夫か母さん。
騙されてるぞ母さん!
まぁ、どちらかと言うと交換留学の方がよほど現実味はあるよね。
ひとまず今は穏便に、こいつらのでっち上げたお話に乗ってやろうじゃないの。
本当のことを知っても母さんが信じるか分からないし、ごちゃごちゃする前にそこの二人の少年に王様とルシャン爺さんがどこにいるか聞かなくちゃ。
俺は椅子に座り、すき焼きを食べることにした。
渡された小鉢の生卵をチャッチャカ混ぜながら、『さぁて、何からきてやろうか』と目の前の少年を睨みつける。母さんが片付けものをしにキッチンへ引っ込んだのを見計らって声をかけた。
「初めまして、僕はマサルと言います。お二人の名前は?」
おっそろしくお行儀の良い愛想笑いで問いかける。
ふたりの少年は引きつった笑いを浮かべてそれに答えた。
「予……私は、アトスだ」
「僕はルシャ、(ゴホッゲホッ)ルーと言います」
ん? 今ちょっと……まぁ、いいか。
金髪のロン毛、長身の方がアトス君。茶髪で小柄の方がルー君ね。
「『初めまして』で、いいんですよね?」
「う、うむ。初めましてだな」
アトスと名乗った少年がたじろぎつつ返事をする。
妙な話し方だけど、見た目はギターでも弾いていそうなミュージシャン風。緩い長そでのTシャツはどこかで見覚えがある。確か父が出張先で買ってきたのだが、サイズも趣味も合わず俺の箪笥の肥やしになっていたやつじゃなかろうか?
黒いTシャツの胸元に『ならぬものはならぬのです』と白文字で書いてある。意味も分からず着ているんだろうな。
ルー君の方は、もしゃもしゃした茶髪でひょろっと小柄、大人しめの子と言った雰囲気。こっちもタンスの肥やしTシャツを着せられている。『誠』って……。
まぁ、どうしてこんな状況になったかはおいおい聞くことにして。その前に。
「他にお連れはいないんですか? 例えば……王様のような人とか。魔法使いのお爺さんのような人とか?」
のらりくらりと尋ねる俺の質問に、ルー君が再びむせた。
「あら、先生方なら他に用があるとかでここにはいないわよ。アトス君たちのホームスティが終わる一週間後に戻ってきて、それから国に帰る予定なのよね?」
「へぇぇぇぇぇぇ~。そうなんだ~」
あいつらは
実験に巻き込まれた被害者を、これまた被害者が救いに行くと言う投げっぱなしな状況を、放置してまでやらなきゃいけないことだったのかなぁ~? それは。
生卵をメレンゲに進化させてしまいそうなくらいかき混ぜながら、俺は笑顔を歪ませる。食べ終えたらしいアトスとルーの皿を下げに来ながら、母さんが見かねて注意する。
「マサル。もう卵はいいから早く食べちゃいなさい」
おおう。食ってやるさ。
お前らにはもう一切れも肉はやらねぇよ。
俺が一体どんな思いで見も知らぬ土地を旅していたと思うんだ!
スライムに追いかけられて、馬に夜食にされそうになったり! トロルに潰されそうになったんだぞ! 怪我したナットさんに謝れ! って、そうだモモちゃん!
こんな悠長にすき焼き食ってる場合じゃなかったんだよ!
「ねぇ! その先生方に連絡はとれないの?」
色んなことを責め立てたいところだが、今はそれは後回しだ。ルシャン爺さんに、ガガさん達の帰る森の場所を教えてもらわなくてはならない。
「取れなくはないが、如何した?」
うっかり話しそうになって思わず母さんを見る。
知らないなら、知らない方がいいのかなぁ。
「ちょっと緊急に聞きたいことがあって」
母さんがいるところでは控えとこう。
「マサル。おしゃべりは後にして早く食べちゃいなさい」
『片付かないでしょう?』と、母さんが鍋に残ったすき焼きを片っ端から俺の皿によそう。
うまぁぁい。本当に久しぶりの日本食。うぅ、米の飯だ! 本当ならもっと味わいたいところだが仕方ない。ガァーッと掻っ込む。
あわただしく食事を済ませ、アトス君とルー君が寝泊まりしている元兄の部屋へ移動した。
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