第6話

「さーて、それじゃあ出発しますか」


手綱はナットさんが持つことになった。

俺は馬車を御したことなんか無いから、ナットさんのすることをよく見て早く交代してあげられるようにしないと。


そんな真面目なことを考えていたら、突然ファンファーレが鳴り響き歓声が上がった。城の門を出ていざ城下町へ差し掛かろうとした時だ。思わず身をすくめるような大音量に、ただ驚いて目を丸くする。ナットさんも何事かと馬車を止めた。


三重の防壁で囲まれた城の一番外側、堀を渡る門と一体型になった跳ね橋の向こう。なだらかに続く石畳のメイン通りが見渡せる。

古い映画で見たローマ軍の凱旋パレードのような光景が、目の前に広がっていた。


広い通りを挟むように聳える、7階建てはありそうな重々しい石造りの建物の窓という窓から布が振られ、色とりどりの花びらが紙吹雪のように舞う。道沿いは人で埋め尽くされ、溢れた人が王都を飾る石像の台の上にまで登っていた。その人波を押さえるように金の鎧を着た兵士が並ぶ。


胸を轟かせる歓声に圧倒され、俺もナットさんもただ惚けたように群衆を見ていた。ファンファーレが終わると共に、城壁に設けられたテラスから王様が姿を現す。群衆が一層沸き上がった。


謁見の間で会ったときは、違和感ありありだった彼の服装も、こうしてみるとさまになってしまうから不思議だ。勲章やあしらわれた金糸の刺繍に日差しが反射してよりブリリアントにみえる。

民の上げる歓声を抑えるよう、王様は静かに手を差し出した。たったそれだけの仕草で、割れんばかりに声を上げていた群衆が水を打ったように静まり返る。


「今日、少年が旅に出る。異界より現れたこの少年は、己が国より砦の町に囚われし乙女を救わんがため旅立つのだ」


指人形のように小さく見える王様のスピーチが、こんな大音声なわけない。多分、爺さんかお付きの人が魔法で補っているんだろう。町並みを反響しながら響く王様の声以外喋っているものはいない。建物を渡る鳩の羽ばたきが嫌に大きく聞こえた。それほどに、王のスピーチは国民の心を鷲掴みにしているらしい。これだけの人なのに殆んどざわめきがない。


「勇者の名をウチ・ダ・マーサル!」


歓迎するように群衆が雄たけびを上げる。


「ナット・シー・フォン・モーニングスター!」


リハーサルでもしたのかと疑いたくなるほど、群衆の雄たけびが再び揃う。

割れんばかりの拍手と歓声が嵐のように上がった。

見送りのあまりのスケールに呑まれていた俺だが、ふと我に返る。


「名前が違うわっ!」


思わず全力で突っ込むも、大歓声に掻き消され自分にすら聞こえない。悔しいかな、この声は王様には絶対にと届かないだろう。諦められず、力一杯心の中で突っ込んだ。


勇者ってなんだよ!

俺はいつ勇者になったんだよ!

騎士でもないぞ!

しかも王様が言う《麗しの乙女》が、誰だか分からないまま旅立つんだぞ!

麗しいかどうかも不明なんだぞ!

出来れば行きたく無いんだぞぉぉー!


しかし、俺のそんな心のうちなんて知ったこっちゃない。盛り上がりに盛り上がった国民の皆様は、ありがたいことに『マーサル』『ナット・シー』のコールを始めた。

声援の渦が大きく広がった頃、王様が錫杖を振り上げて叫ぶ。


「勇者に正義の神の加護あれ!」


興奮の坩堝のなか、俺はどうしていいか分からず思わずナットさんを見た。

ナットさんは全身の毛を逆立てて目を輝かせていた。そうだ、これは彼の晴れの舞台でもあるんだ。

一生のうち、こんな風に声援を送られる人が何人いるだろう。


本当は、のんびりナットさんと二人だけで旅立つものだと思っていた。俺はそうなるものだと思っていた。目立つのは好きじゃない。出る杭はそれだけ打たれるからだ。わかってる。分かってるけど。


一度きり、スポットライトの当たる日があっても良いと思った。

今のナットさんの喜びや感動を見られたのだから。


「行け! 勇気ある旅人よ!」


その掛け声を合図に、ナットさんは手綱を操った。

掛け声と共に馬車はスピードをあげる。歓声と祝福のど真ん中。まっすぐに続く花びらの道を踏みしだき、俺たちは城をあとにした。

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