第2話

「コルージャさん」

「なにかな?」

「トロルが現れたのって何時頃?」


「2~3日まえくらいかな。本当に突然現れたんだ。さすがに外から歩いて入ってきたわけでは無いみたいだよ」


……俺みたいだ。

とは口が裂けても言えない。


ジィさん!?

もしかして余計なところにもワープホール開けませんでしたかっ! ?

問い正したいけれど今ここに本人はいない。


いや待てよ。


「コルージャさん」

「ん?」

「こういう事って良くある事なの?」

「極めて稀だね。初めてかもしれないよ」


…………。

何も言えねぇ。極めて黒に近いグレーな気がする。


「彼らをどうするか検討中だよ。話して分かるかどうか、頭の痛いところだよね」

「そうだったんですか」


ーーすいません。たぶん原因はジィさんです。


俺が口まで出かかった原因を飲み込んでいる間、ゴブリンの死体から回収して来た矢を綺麗に手入れしていたククーがポツリと口を開く。


「殺っちゃえば?」


なんて物騒なことをサラッと言いのける!

ククー、恐ろしい子!


「いやいや、できれば穏便に。ね?」


コルージャさんが過激派じゃなくてよかったよ。たぶんこの二人だからバランスがいいんだろうな。納得した。


「そんなこと言って、近隣の村に被害が出てからじゃ遅いよ」


ナットさんに顎をしゃくって、ククーはコルージャの態度は甘いと指摘する。彼女の言う近隣の町とは、たぶんスウィニードの町のことだ。ナットさんの領地は豊かで森から一番近い。狙われるかもしれないという心配は現実に成りうる。


そんな事になれば、もう森の中だけの問題ではない。


「でも、《迷惑だから排除する》という前例はなるべく作らない方がいい。出来たら、彼らの生息地へおとなしく移動してもらえるのが一番いいんだけれど」


トロルについてあまり良いうわさを聞かないらしい。粗野で、獰猛で、人を見れば肉としか思わないモンスター。俺が掻い摘んで聞いた話はそんな印象だった。

果たして、そんな相手と話し合いができるだろうか?


「私たちエルフは、殆んどトロルと接触を持ったことがないからね。ドワーフやノームなら話し合うコツとか知っていそうだけど」


「彼らに教えを乞うわけ? そんなこと言うから、皆から変人扱いされるのよ。叔父さんは」


どうやら、俺が空気を読むに。エルフ族とドワーフ族、ノーム族はあまり仲が良くないようだ。コルージャが二つの名前をあげた途端、ククーの眉間にしわが寄ったもの。叔父と姪のあいだに、無言のピリピリとした空気が漂った。

俺はナットさんのベッドにくっつくように座り、何とも居心地の悪い時間に耐えた。もともと口数の少ない二人はそれきり言葉を交わすこともなく、見回りに行くと言ってテントを出て行った。


残された俺たちは、自分たちが作ったわけでもない微妙な空気のなか眠る羽目になったのだった。


翌朝だるい体を引きずって起きた俺は、まだ眠っているナットさんを起こさないようにテントの外へ出た。

なんだか色々あって興奮していたのか。全然寝れなかった。

あの後エルフのお二人は帰ってこなかったし、森のなかだから仕方がないんだけど、キーキーと何かが飛び回りながら鳴いていて気が気じゃなかった。テントの中には入ってこなかったけれど、近くを飛んでいると目がさえちゃうんだ。


光線のように枝の隙間から射す木漏れ日に、眩しそうに目を細めていると、なんか……向こうの木の陰に……。

なんかいる!?

動いているよね!! あの岩みたいなの!!


この森はずいぶん昔からここにあるので、それを構成している木々はとんでもなくデカい。それこそ、人が5~6人手をつないで輪を作らなければ囲めないような年輪の木が当たり前の状態だ。その木の根元近くに、そのふっとい木と同じくらいの幅を持つ岩のような何かが動いているのだ。


俺がフリーズしてみていると、そいつが

ゴリモリのお地蔵さんが簡素な茶色い服を着ている。簡単に説明すれば、俺の観察眼は正しい。でも、そのお地蔵さんは、たぶん5~6メートルの身長があると付け加えなければならない。

お地蔵さんじゃないな。金剛力士像とか大仏級の大きさだな。

でも、白目の綺麗な……。目が合っちまったよ。


やばい! と、思った瞬間、見かけからは想像もつかない俊敏な動きでズーンズーン走って来る。俺はナットさんを起こして逃げるべきか、それとも俺が囮になって奴を遠ざけるべきか瞬時に考えた。

ナットさんは怪我をしている。走らせられないし、俺も担げない。

なら出来ることはこれだけ!


「うおぉぉぉぉぉーっ! チクショーッ!」


俺はナットさんの寝ているテントから離れた場所へ駆け出した。

倒木や張り出した根っこや深い苔に足を取られながらも必死に走る。生きてきたなかでこんなに死に物狂いで走ったことあっただろうか?

断言できる。ない!


それなのに、背後の地響きはどんどん迫ってきた。

足の長さはいかんともしがたい。奴の方が大きい分歩幅が広いんだろう。それにあのガタイだ。足元に何が転がっていようが、お構いなしに踏み抜いて走っているのだろう。


ちょっと涙目になりながら、背後のゴリモリ地蔵に捕らえられ、串焼きになって焚き火で焼かれている自分の姿が目の前にチラつきだした頃。俺に救いの手が現れた。


エルフ? ちがう!


無数のホタルのような光が、背後の化け物の足を止めたのだ。

顔に群がって目をくらましている。化け物は丸太のような両手を振り回し、顔にたかって来る光の粒を追い払おうと暴れている。


地響きがつかの間止まり、走りながら背後をチラ見した瞬間、俺は木の根っこに蹴躓いた。

咄嗟に頭をかばった両腕を、強か地面に打ち付け、痛みのあまり悶絶する。

その俺の髪を何かが痛いくらい引っ張っていた。目を開けると、光をまとった小さな妖精が、俺に立てと猛烈にアピールしていた。ピクシーだ。


情けは人の為ならず。いつぞやか振舞ったフルーツが功を奏したのかもしれない。一食一飯の恩義は、俺の命を救ったらしい!


ふらつきながら立ち上がった俺を、近くの木のうろへ避難させようと、ピクシーたちは背中を押したり袖を引っ張ったり大騒ぎだ。キーキーと騒ぐ声に、俺は昨夜の鳴き声の正体を知った。

もしかしたら、彼らはあの化け物が、俺たちのテントに近づいていたことを知らせようとしていたのかもしれない。


ありがとうピクシー! 

でも、察しの悪い俺には恐怖でしかなかったよ!


俺は木にできた洞窟に逃げ込むと息を殺した。怪物の目くらましをしていた妖精たちは、俺が隠れたと分かるや攻撃を止めたらしい。再びヤツが歩き出し、地響きが始まる。しかし、それが恐ろしいことに。少しづつ俺が隠れている木の方へ寄ってきているのだ。

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