第6話

同じ父親同士、何か通じるものが有ったのかもしれない。

トロルの父ちゃんが落ち着くまで、ナットさんに任せておいた方がいいかな。トロルの父ちゃんは、初めはすまなそうに焚火の輪に加わっていたが、ナットさんの勧めで今は豪快に串焼きの魚を食べている。まともなものを食べたのは本当に久しぶりだと情けなさそうに笑っていた。


体が温まり、お腹が落ち着いたところで、俺はトロルの父ちゃん--ガガさんと言う--に、一緒にムイーシツァ城へ行ってくれるようにお願いした。


「知り合いの魔法使いがいるので、その人にガガさんが住んでいた森の位置を聞いて来ようと思うんです。それで、一緒に来てくれると助かるんですけど」


「えっ! 本当ですか! 帰れるんですか!」


「まだ分からないですけど。自称 って言ってましたから大丈夫じゃないかな~と」


「是非! お願いします! 住み慣れた森に帰りたいんです!」


不思議の森でどのくらいの間さ迷っていたのだろう?

たぶん相当大変だったんだと思う。真剣なまなざしで『お願いします』と繰り返し頭を下げられた。


俺のいた世界は、車や電車、飛行機なんかがものの数時間で遠い国まで運んでくれる。見たこともない国であっても地図があって、詳細な現地の情報もスマートフォンのタッチひとつでお取り寄せ可能、現在の風景さえも見られる。


でも、ここは違う。

大きな町や村ならいざ知らず、大まかな地図以外は空白だらけ。自分で見て踏みしめた土地以外、正確な情報を得ることはできないんだ。


この世界の人にとって、自分の生まれ育った土地を離れることは、未踏の地へ冒険に出るようなものなのかもしれない。


覚悟して旅立ったならそれも受け入れられる。


でも、何の心の準備もできないまま放り出された者としては堪らない。


そう! 堪らないよな!

俺もその一人だ! なんだか腹が立ってきた。


俺はルシャン爺さんに、無性に何か言ってやりたい衝動にかられた。


ーーそうだ!


ガガさんと爺さんの部屋に乗り込んで驚かせてやろう!

そして、ちょっと文句の一つでも言ってやろう!


もしかしたら爺さんのヤツ、トロルと会ったことがあってあんまり驚かないかもしれないけれど、突然現れたらやっぱり少しは驚くかもしれないし。

『うわぁぁぁ』とか驚いて焦っている顔を見たら少しは俺の溜飲も下がるってもんだ!


--いいね! やろう!


俺らばっかりサプライズを受けているなんて不公平だ。

このくらい許されていいだろう?

いや、いい筈だ!


何の予備知識無く、行ったことも聞いたこともない異界へ通じる穴をあけるくらいだから心臓は丈夫だろう。腰は抜かすかもしれないがそこは魔法使い。俺の串刺しの手を直したように自分の腰くらい治すに違いない。


「ガガさん、城に向かうの今からでもいいですか?」

「あぁ、おらはいつでも大丈夫です。早い方がありがたいくらいだ」

「そうですか! それじゃあ、こちらに来て俺の首飾りに触ってもらえます?」


とうとう使う日が来たぜ!

俺に魔法のアイテムを授けたことを後悔するがいい!


俺はガガさんが驚かないように、魔法の首飾りの効力を前もって説明した。これ以上気の毒なトロルを驚かしてはいけない。


彼には馴染みがないらしく、瞬間移動できる魔法のアイテムと聞いて少し緊張した表情を見せた。けれど覚悟を決めたらしく、デッカイ指で俺の首飾りをちまりと摘んだ。


「大丈夫です。魔法を始めてくだせぇ」


俺はイメージした。

爺さんの部屋……爺さんの部屋……。


旅立つ前に寝ていた爺さんの実験室の木の台が頭に思い浮かんできた。


ーーいいぞ。いい感じにイメージできている。


次第に周りの気配が薄れ、自分の体がすぅっと湯気のようになって浮き上がるような気がした。


と、次の瞬間。

物凄い轟音と共に、何かが割れたり崩れ落ちたりするなか目を開いた。


「痛ででででででででぇぇぇぇぇ」


ガガさんがあげる悲鳴と降りかかる瓦礫に俺は事態を理解した。


「うわぁ! ごめんなさい!」


--サイズを考えてなかったぁぁぁぁ!


突然転送されたガガさんは部屋に収まりきらず、型押しのように寿司詰めの刑にされたあげく、壁や天井を破壊してしまったのだ。


『何だっ!』『何の騒ぎだ!』『敵襲か!』


崩壊していく部屋の外で人の騒ぐ声がする。

いつぞやか俺を連行した兵士の姿が脳裏をちらつく……。


ーーまずい!


こんな状況でガガさんが見られたら、容赦なく攻撃されてしまう。俺は真っ白になりそうな脳内に必死で外の風景を思い描いた。


--よし! 行けそうだ! よし!


旨く行きそうだと思った矢先。再び瓦礫の崩れる音が響く。俺が咄嗟に思い描いた外の風景。それは、ナットさんとこの城を後にした日。最初にくぐった城の跳ね橋付きの門だった。


突然現れたガガさんの頭突きで、門の一部が吹き飛ばされる。崩れた石レンガが城の堀にぼちゃぼちゃ落ちて、凄まじい水しぶきを上げる。千切れた鎖の片方がジャヤジャラと盛大な音を響かせて跳ね橋にぶら下がった。


城内で起きた盛大な轟音に続く、橋の破壊に衛兵がいきり立った。松明を掲げ、刺激された塚の蟻のように城壁へ群がってくる。


そんな兵士たちの見守る中、水しぶきと砂埃の起こす煙が薄れるとともに、ガガさんがゆっくりと身を起こす。無数の松明に照らし出され、暗闇の中から現れた巨大なトロルに兵士たちは一瞬静まった。


『うわぁぁぁぁ! 化け物だぁぁぁ!』

『弓隊構えぇぇいっ!』


怒号と弓弦の風を切る音が俺たちを襲う。

雨霰と矢を射掛けてくる城壁に背を向け、俺を守るようにガガさんが身を屈める。石の化物であるトロルの体は硬いのか、矢が彼に深く刺さることは無い。呪いを掛けた魔法の矢でもない限り彼の命が奪われることはないのだと、コルージャさんが言っていたのを思い出した。それでも針で刺されるような痛みがないわけでは無い。


ガガさんは、不愉快な痛みに顔をしかめながらも俺をかばい続けてくれた。


「待ってぇぇぇ! 攻撃しないでぇぇぇ!」


まだ微かに残る砂煙に噎せながら、城壁に並ぶ松明に向かって何度も声を張り上げる。でも、怒号と空を切る矢の音に掻き消され届くわけもなく。


矢が効かないと見た弓兵は、火矢をつがえ始める。


「ガガさん! ダメだ! 一先ず逃げよう」


収集のつかない。

一度帰って騒ぎが落ち着いてから出直した方がいい。

ガガさんは俺の言いたいことをすぐに理解したのかうなづいて首飾を摘んだ。


ーー落ち着け、イメージだ。


こんな状況で集中するのはむずかしい。

俺は耳を塞ぎ、必死に不思議の森をイメージした。


ーーイメージだ。大きな木々に囲まれた綺麗な泉のあるあの森。


耳に手を当てているのに、外の喧騒を締め出すには足りなかった。

兵士の怒鳴り声が微かに聞こえる。


『マーサル様だ! 勇者さまがトロルと戦っているぞ!』

『マーサル様! 万歳!』

『援護だ! 援護しろ!』


城壁の兵士からかろうじて見えた俺の姿は、トロルに喉元を締めあげられているように見えたのかもしれない。実際は首飾をガガさんが摘んでいるだけなんだけど。


途端に火矢が飛んできて辺り一面に突き刺さった。ガガさんの服も燃えている。


「熱ぢぢぢぢぢぃぃぃ~!」

「うわぁぁぁ! 待って、イメージできない!」


ガガさんはそれ以上耐えられなかったのだろう。

俺を抱えると傾いだ吊り橋の上を城下町の方へと逃げ出した。


『逃すな! 突撃の用意!』


背後で追撃の命が出され、ラッパが鳴り響く。格子の門がせり上げられて槍を持った兵士がトロルを追おうと詰めかけた。


ところが、支えである鎖が一本千切れていた橋は、ガガさんの重みに耐えきれなかったらしく、残りの鎖も壁との接続部分諸共引きちぎられて堀へ落ちる。更に傾いだ橋は、城門との接続部分で金属の擦れる嫌な音を立てた。


ガガさんは強く踏み切って対岸へジャンプする。

一度大きくたわんだ橋が、トロルが離れた途端大きく跳ね上がった。


後ろから押し寄せていた兵士が、それに巻き込まれてポップコーンのように弾き飛ばされ橋の上からいなくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る