第5話

「ここに居ったのか!? 見つからんわけだよ~」


黒装束のお化けたちが、その老人へ道を開けるように部屋の両側へ分かれて並び、畏まって視線を下げる。どうやら彼等より偉い人のようだ。

その老人がパキッと指を鳴らすと、俺を拘束していたベルトが魔法のようにするりと解けた。


「ルシャン様。このような所にいらっしゃるとはどうなさいましたか?」


お兄さんまで針を置き、爺さんを出迎える。

拷問部屋で拘束椅子に縛り付けられ、片手を針山状態にされている人を前に、この人等は何でこんなに普通に話していられるんだよ。


お兄さんは穏やかさを取り戻し、魔法使いらしき爺さんへ会釈した。

老人は、人当たり良さそうなようすで、うんうんと頷いている。小型犬のマルチーズみたいだ。


「オックス君、お邪魔するよ。それとこの子ね。僕のとこで引き取るから」

「ルシャン様のお知り合いでしたか」

「うんうん。知り合いというかね~。異界に開けたドアからその~。ね。うっかりね。召喚しちゃったのよ。後で見に来る?」


かる~いノリで話を進めていくルシャン爺さんは、機嫌よさそうに終始ニコニコしている。《オックス君》呼ばれたお兄さんも、さっきまでの極Sな空気はどこへやら、爽やかな微笑みをたたえて和やかに対応している。


「これは失礼いたしました。国王の浴室で見つかったものですから、てっきり何処かの刺客かと思いまして。なかなか口を割りそうもないし、久しぶりに骨のある方がいらして下さったのかと。それはもう、丁重におもてなしする予定だったのですが……。

そうですか。残念です」


黒い箱に残った針に目を細めて、少し寂しそうな顔を俺に向けた。


そんな要らねぇ。


俺はと言うと、目や鼻や額から、色んな液体が垂れ流しになっている。が、できれば全部冷や汗ということにしてもらいたい。

ルシャン爺さんは、オックス君を気遣うように上目使いに謝る。


「いやぁ~、ごめんねぇ。期待させてしまって」


「いえ、良いのです。また次がございますから」


次は無ぇ!

俺は今、拷問の末殺されたかもしれないんだぞっ!

次があってたまるかっ!


思わず口からでそうになったセリフをなんとか呑み込む。

でもまぁ、とにかく助かった。

この爺さんに付いていけば、取り敢えず殺されたり痛め付けられることはないはず。


……たぶん。


気がつけば、ルシャン爺さんとオックスの話はついたらしい。ヤツがいつのまにか俺のすぐ傍にいることに気がついて肩が跳ねる。手の甲に刺さったままの針を握って、俺の耳に顔を寄せた。


「もう少し遊んでほしかったですが、仕方ないですね。良い声で鳴いてくれてありがとう」


そう囁いたあと、ぐりっと針を捻るようにして手から引き抜く。

痛みに呻いて顔を歪めると、オックスは嬉しそうな顔をした。全部の針を引き抜いて、傷から赤い血の粒がせりあがるのをヤツは指でなぞる。俺の手の甲に赤い線が引かれた。

そうして満足そうに自分の指先に残った血を舐め、ゆっくりと後退りしながら離れていく。名残惜しいとでもいう風に。


キモイ。怖い。


思わず下半身から黄色い冷や汗をかくところだった。俺はもうこんな所は一秒でもごめんだと、ふらつく足を無理矢理立たせて爺さんの後ろへ逃げる。

そんな姿もそそられるようで、ヤツは物欲しげにオ俺を目で追っていた。


怖えぇぇぇっ。


「じゃあ、もう行くから。またね」


ルシャン爺さんは、うやうやしく頭を下げるオックスと、お化けヤロウの一団に手を振り、俺の手を引き歩き出した。


ドアを出た辺りで、爺さんは俺の血まみれの手の甲に気がついた。しわくちゃな手で撫でさすりながら意味の分からない言葉で呪文をかける。

当てはめるなら『痛いの痛いの飛んでいけ~♪』といった感じだ。

不思議と痛みが消え、血の跡は残ったけど、傷はなくなったみたいだ。


「ごめんねぇ。驚いたろう?

異界に通路を繋げるまでは成功したんだけれど、何せ不安定でね。何処に出てくるかわからなかったのよ。いや~。探した。探した。

水晶玉をここまで駆使したのは久しぶりだね。お陰で老眼の進行度を改めて感じちゃったよ……」


腹を立てて然るべき内容だが、それどころではない。

楽しそうにおしゃべりをする老人の後ろで、俺は息切れを起こし、壁にすがるようにして階段を上がっていた。

色んな事がありすぎて、俺の繊細なハートが悲鳴をあげている。ショック状態なのかも。そんな事気づきもしないで、とんがり帽子の爺さんは話続ける。


「それでね。仕方ないから一時通路を閉じたんだけれど、閉じる前に君が転がり落ちてきちゃったわけ。も~、わし、慌てたのなんの」


つないだ手を引く力が、少しづつ強くなることに気がついて、ルシャン爺さんが振り向いた。

つぶらな瞳で後ろの俺を見つめて首をかしげる。


「疲れちゃった? 歩けない?」


どう返事をするのが正解なのか、俺は悩んで一瞬返事が遅れる。


「オックス君に手を貸してもらおうか?」

「遠慮させてください。歩きます」


食い気味に応える。即答だ。当たり前だ。

誰のせいで俺がこうなっていると思う?


だが、強がりも長くは続かず、地下を出た辺りで力尽きて倒れ、結局また、屈強なグラディエーターに《お米さま抱っこ》で運ばれることになった。

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