第6話
「おい、君。おいって。もう起きなさい。若い人がいつまでも寝てちゃダメでしょ」
なんだろう。体が怠い。
もう少し寝かせて、あと五分……。
「こーら。もう起きなさい」
ゆらゆらと揺すられて『うるさいなぁ』と寝返りを打とうとして違和感に気づく。
床の上に寝てる!?
肩や背中に当たる感触が、板の床に寝ているように冷たい上に固いのだ。それに、よく考えたら俺を揺すっている爺さんの声は誰なの!?
家に爺さん居ないんですけど!
急速に夢の世界から生還し、はっと目を開けると、にこやかな爺さんが仰向けに寝ている俺を覗き込むように見下ろしていた。
「やっと起きた。こんなに良く寝れるなんて羨ましいね。僕は直ぐ目が覚めてしまうからね」
ふぇっふぇっふぇと笑いながら、白いあご髭を撫でている。
あー。夢であってほしかった。
自分の部屋のベッドで目覚めて、夢落ちだったらどんなによかっただろう。
こんな固いベッドじゃなくて……て、お~い!
俺が寝かされていたのはベッドなどではなく、固い木の台の上だった。しかも俺、裸だ!
白いシーツみたいな大きな布は掛けられていたけれど。ドラマで見た、安置所の死体みたいな置かれ方にぎょっとする。
先程の地下の一件がよみがえり、シーツを体に巻き付けてそっと台を降りる。爺さんを警戒しながら、何もされなかったよねぇ。と、涙目でシーツの中の自分の体を覗いてみる。
「あぁ、寒かった? 」
びしょ濡れの服のまま寝かせたら、風邪を引くと思って脱がせたのだそうな。
「脱がせるだけで精一杯。お爺ちゃんだからね」
あとは自分で着替えなさいと、ピーターパンみたいな緑の服を台に置いてくれた。
え~、これを着るの?
……コスプレ?
でも背に腹は代えられない。
そして限り無く微妙な俺が出来上がった。おっそろしくタイトなスキニーパンツと思えば我慢……出来ないわ~。パッと見タイツと変わらないわ~。
裸よりはマシ、という妖精さんスタイルで暫し固まった俺だが、今の状況を思い出して爺さんに聞いてみる。
「ここは何処ですか?」
「僕の部屋♡。 素敵でしょ?」
知らんがな。
「違う。広い意味で! 国の名前とか県の名前とかそう言うの!」
もう!
俺の忍耐力は無限じゃないんだぞ!
トイレから転げ落ちてからというもの露出狂にあったり、ドSなお兄さんに殺されそうになったり!
ここが何処で、どうすれば帰れるのかだけを聞きたい!
衝撃的なことが多過ぎて、ミュートになってた心の声が口から溢れ出す。
「あぁ、大変だったんだね。ごめんねぇ。泣かない、泣かない。ちゃんと教えるから。ね?」
しゃくりあげる俺を椅子に座らせて、温めたミルクティーらしきものを持たせた。甘い香りがささくれた気持ちを落ち着かせてくれる。
甘さが腹と心に染みる。
爺さんが言うことには、ここは《ムスクルス》という王国で、王都 《スタルヌート》に
わっかりにくい名前。
忘れるからメモしておきたいけど、紙もペンもない。俺は必死に復唱した。
3重に城壁で囲まれており、この部屋は城の直ぐ側に張り巡らされた壁、北の外側に当たる場所なのだそうな。
俺が住んでいる世界とあまり変わらない暮らしを営んでおり、ありがたいことに一応言葉は通じている。
ちなみに先程、俺が風呂場で遭遇した『イケオジ』がまさに王さまだったらしい。
ちょくちょく他国のスパイやら暗殺者が忍び込んでくるので、俺もその類いかと疑われたのだ。
「そうそう。オックス君ね。尋問官の頭だから疑うのが仕事なの。だから許してやってね」
絶対に嫌だ。
突然人の手に、焼き鳥の串みたいな針を平気で突き刺すような奴を簡単に許してたまるか!
すごく痛かったぞ!
「それより、もう帰りたいんですけど俺の世界に続く扉は何処ですか?」
「あー、うん。それなんだけどね。慌てて閉じちゃったから、開くのに少し時間がかかりそうなんじゃ」
「掛かるってどのくらい?」
「取り敢えず3日ちょうだい♪」
「嫌だっ!」
心の声が漏れてしまった。
でも、爺さんは怒ることなく、心のこもって無さそうな『ごめんね~』を繰り返した。
第一、向こうでの俺の存在はどうなるの?
行方不明じゃない?
明日学校なんですけど。
宿題まだ終わらせてないんですけど。
その前に母に何も言って来なかったんですけど!
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと君がいなくなった時間に戻すように努力するから」
「そこは努力じゃなくて絶対でお願いします!」
3日もここに居なくてはならないのは大いに不満だし不安だった。でも、それさえ過ぎれば帰れるのだと思えば、まぁ我慢もできる。
「それまで、俺はここに引きこもっていたらいいの?」
「うん? 好きにしたらいいよ」
好きにしたらいいって……。
他に何ができるって言うんだよ。
マンガみたいに異世界転生とかちょっと憧れなくもなかったけれど、いざその通りになるとこんな感じなのか?
もっと夢と希望のファンタジー的なものだと信じていたんだけどなぁ。
勇者誰それになって、伝説の剣とか授けられて、麗しのお姫様に涙ながらにお願いされて、魔王とか倒しにいったりするんじゃないの?
これでは事故で来たとしか思えない。
「うん、事故だね」
爺さんあっさり肯定。
「異世界に門を開く実験してたのよ」
「何でそんな実験をしてたの?」
「幾つになってもワクワクしていたいんじゃ。異世界を冒険するなんて素敵でしょ?」
爺さんが中二病かも。
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