第7話
身支度を整えて、門前に停まる幌馬車のそばにいく。
馬車は幌の色を生成りから深い緑へと変えていた。前後に仕切りのカーテンが付き、御者の席にはクッションがつけられている。長く座っていても苦にならない配慮だろう。
テールの毛並みも心なしかツヤツヤしている気がする。いいものを食べさせてもらい、丁寧なブラッシングをして貰ったに違いない。
何から何までお世話になり、俺たちはたくさんの人に手を振られて、また旅の空へ戻っていった。
「ねぇ、ナットさん。俺初めて赤ん坊を祝福してくれって言われて、頭を撫でてきたんだけど」
俺みたいのに祝福された赤ん坊のこれからが心配だ、とこぼすと、ナットさんは大丈夫と言う。
「貴方がご自分をどのように評価しているかは分かりません。けれど、彼らにとって貴方は間違いなく勇者なんですよ。その勇者に祝福して貰ったと言うことが大切なんです。それが、子をもつ親たちの安心感に繋がるのなら、立派に役目を果たしていますよ」
馬車を御しなからナットさんは笑う。
ーーそういうものなのか。
俺は居心地の良くなった幌馬車の荷台に、仰向けにごろりと横になる。朝日が透けて明るい緑色に光る天井を見あげた。カタコトと一定のリズムを刻みながら進む幌馬車に揺られながら、行儀悪く荷箱にかけた自分の足が視界に入った。昨日のスライムに焼かれて穴が開いたブーツの側面に、丁寧な継ぎが当たっている。
中身がどう言うものにしろ、俺が勇者と言う存在でいることが誰かの安心に繋がるのなら、勇者でいることも悪くないかもしれない。
ぼんやりとそんな風に思えた。
***とある村での噂話***
ロッキングチェアに腰を下ろしパイプを吹かすアゴ髭の白い老人が、難しそうに顔をしかめながら新聞を広げている。
そのテラスに同じく老いた友人が遊びに寄った。
「じぃさんよ。何読んでんだ?」
「見てわからねぇのか。新聞読んでんだ」
咥えていたパイプの柄で紙面を叩きながら面倒臭そうに返事する。
「そんなモン面白いのけ?」
「わしはこう見えてもインテリジェンスなんじゃ。お前にゃ分からんでもよ」
あしらうようにそう言うと、パイプをくわえ直して再び新聞へ視線を落とす。難しい顔に戻った友人を伺いつつ声をかけた。
「はぁ~。で? 何書いてあんだァ?」
「王様んところから偉ぇ強ぇ勇者が旅立ったんだと」
「あ?」
「勇者が出たんだとよ!」
「はぁ~……そうけ」
ぶっきらぼうな物の言い方だが、話題を振られるのはまんざらでもないらしい。老人が友に読んだ新聞の内容を詳しく話し出した。
「バンダーウルフとか、スライムとか、バタバタ倒しとるんだと。どこか名のある国の騎士らしい」
「……」
気づけば自分ばかり話している。返事のないともを見れば向かいのベンチで居眠りをこき、船を漕いでいた。
「おい……興味が無いなら聞くな! ……ここで寝るな!」
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