第3話
「お呼びになられましたか王様」
謁見の間の入り口のカーテンをかき分け、顔を見せたそいつを見て俺は目を点にした。
--頼りになるお伴ってこいつ?
まん丸ボディ、つぶらな瞳、ふわふわとヒヨコのようなオレンジの毛並み。
「ハムスターじゃん」
そこには四歳児くらいの背丈のハムスターが、貴族さんが着るような仕立てのいい服を着て、カーテンの隙間からこちらを伺うように顔をのぞかせていた。
可愛い。すごく可愛いが。これが連れだったとしたら心底心配だ。
「おぉ、よう参ったモーニングスター侯」
--はい、予感的中~。
オレンジのハムスターは、テトテトと俺の隣まで歩いてくると、王様へ挨拶の一礼をした。その後、俺に向きなおって握手を求めてくる。
「わたくしは《ナット・シー・フォン・モーニングスター》でございます」
「ナッツシフォン……」
「ナットで構いません」
つぶらな瞳で見上げ、握手している俺の手にふわふわした手を重ねて上下に振っている。可愛い、めちゃくちゃ可愛い。
「モーニングスター侯は国民に好かれておるから、領内を移動するに当たって良いお伴になるであろう」
そりゃあそうですよ。
こんな可愛い生き物を虐める人間などいませんよ。
でもね。でも、ですよ。
「王様」
「何だ?」
「この王国の領内にモンスターっているんですか?」
「うようよいるぞ!」
うようよいるんだ!?
そのモンスターがうようよいる領内をこの可愛らしい生き物と国境くんだりまで!
……待てよ。
「王様」
「何だ?」
「俺たちが目指す砦の町って、此処からどのくらいの距離なんですか?」
「めっちゃくちゃ遠いぞ!」
素敵な白い歯を輝かせて王様が親指を立てて見せる。
あぁ、そのジェスチャーこっでも使えたんだぁ。なんて関係ない感想を抱きつつ最後の希望をかけて。
「地図で見せてもらえます?」
えーっと、なになに。
城の北門を出て道はまっすぐ。たぶん地形を現す模様が4回くらい変わっているねぇ。平原から森に差し掛かってまた平原に戻って砂地? で、砦の町。この城下町の何倍くらいの距離なんだろう? 指で測ると12~13倍くらい?
めっちゃくちゃ遠いじゃないですかぁ。
……俺、詰んだぁ~。
一緒に地図を眺めていたナットを思わず見る。
とても強そうには見えない。たぶん速攻で食べられちゃうと思う。
ペロッと一口で、タレも付けずに。
俺はどっち道、もうフラグが立ってしまっているから変更は無理かもしれないけど、ナットには未だ断るチャンスがあるかもしれないよ?
そう思っていると、ナットが顔を上げた。
自分を見ている俺と視線が合ってふっくらと笑う。
「共に頑張りましょうね♪」
そう言って可愛らしいモフモフの親指を立てた。
君もそのジェスチャーするんだぁ~。行く気満々じゃないですか。どんだけ無謀なんですか?
でも、もしかして俺がチェンジを頼めば、この可愛らしい生き物をモンスターうようよの死地へ向かわせなくても済むかもしれない。俺はナットが爺さんに話しかけられている隙に、王様に忍び寄って小声で聞いて見る。
「王様」
「何だ?」
「モーニングスター候以外で一緒に行ける人がいるとしたら他にいます?」
「あー。そうだな。オックスかな。あいつが牢にばかりいると囚人が急に減るから」「モーニングスター候でよろしくお願いいたします」
俺は《王のお言葉》の語尾を食う勢いでナットと旅に行く決意を固めた。
二択なんてものは無い! 最初から一択だった!
「それでは、時間も無いことではあるし、明日には出発するがよいぞ。盛大な見送りをしてやるゆえ、楽しみにしているがよい」
豪快にがっはっはと笑う王様を見ながら、俺は胸騒ぎを感じて凹んだ。
だって素敵な未来が全く見えない。
ナットは何を勘違いしたのか、がっくりと肩を落としている俺を、勇気づけようとしてくれる。
「大丈夫ですよ。わたくしがちゃんと旅の段取りをして差し上げますから。どうぞ心配なさらないでくださいね」
優しい。ナットくん優しい。
やっぱり呼びつけじゃなくて《くん》をつける。そう俺に思い直させるくらい、ナットくん優しい。
でも、優しい分、彼をこの無謀な旅の道連れにする俺の心は重い。
「ナットくん。ごめんね」
「いいえ。そんなことお気になさらないでください」
うぅ……。
せめて危ない目にあったときはこいつを引っ張ってでも逃げよう。
絶対に置いていかないように!
俺は小学生のころ、子猫を拾った時のように使命感に燃えた。
最悪、やばくなったら引き返す。こっちには転移魔法のネックレスがあるんだからな!
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