第5話

横になったら最後、今日はもう二度と立ち上がれない。と、言うミティの言葉に同意して、居心地の良さそうな座敷を諦めて椅子の席に座る。


「ルビーは辛いの平気?」


ここは二人がマーケットにいる間に通う、お気に入りのお店なのだそうな。立て掛けられた黒板に、走り書きされたメニューを見ながらミティが私に聞いた。


「少しなら」


私の答えに辛さのレベルを推測して、ハディさんが注文をしていく。鳥のローストに干し葡萄がたっぷり練り込まれたパン。野菜がたくさん入った赤いスープに何かのからあげ、魚介の炒め、等々。豪快に皿に盛られた料理の数々がテーブルを埋める。働きすぎて食欲が失せていたお腹に、猛烈な飢えが沸き起こる。


--お腹すいたぁ~。


皿を並べ終えた店員に、ハディさんがお代を渡している。それを見て少し気が引けた。今日飛び込んできたばかりの他人の私が、見ず知らずの人に迷惑をかけすぎてはいないだろうか。

一瞬よぎった不安な顔をハディさんは見逃さなかった。


「おっかなビックリ食べてほしくなんか無いね。うちのテントでんだ。しっかり食べな」

「はーい。それじゃあ頂きます!」


言うが早いか、ミティさんが取り分け皿の料理にかぶりつく。皿の上に隙間ができると、ハディさんはこれも食べな、あれも食べなとよそってくれる。

スパイスの効いた料理はどれも美味しかった。


お腹が満たされると尚更まぶたが重くなる。

生欠伸を繰り返しながら頬杖をついた。


「ねぇ、ハディ。明日も忙しい?」

「量を買うお客は今日来たから、明日は落ち着くと思うけど。何で?」

「ルビーを《失せ物探し屋》に連れていきたいんだけど」

「あぁ~、いいね。そうおしよ」


小さなグラスで紅い液体--火酒と言う相当強いお酒--を舐めながら、ハディさんが頷いている。


テント脇を通る人の流れは緩やかで、私にお祭りの夜を思い出させる。小さいころ、家族と歩いた賑やかな夜の道。私がここに来たのは学校帰りだから夕方くらい、こちらの時間は昼前といったところだった。

すごく長い時間か流れた気がする。


--心配してるかな。早く帰らなくちゃ。


気が付いたら朝だった。

夕食のあと、眠さと戦いながらテントまで戻り、寝台にた折れ込んでからの記憶が全く無い。


「起きな。お風呂にいくよ」


早朝の気配漂う薄日のなか、ハディさんが私とミティさんを揺り起こす。


「もうちょっと~」

「朝一番が空いてるしお湯が綺麗なの!」


『起きろ!』と、乱暴に毛布をひっぺがす。

ゴロゴロと転がって寝台から転げ落ちたミティさんが『乱暴~』と抗議の声をあげる。


大きな大衆浴場があるらしく、店を開ける前に入ってこようと言うのである。程よい気候、不快な湿度もないこの町では、よほど運動しない限りは汗をかくことはない。それでも、昨日のように労働をしたあとでは、お湯に浸かりたいと思うようだ。体を拭いただけではちょっと物足りない。


マーケットの広場を抜け、立派な石造りの建物が城壁のように連なる道の突き当たりに浴場はあった。


水鳥と戯れるご夫人の像が立っている方が女湯。鹿にもたれ掛かって笛を奏でる青年の像がある方が男湯。それ以外は全く同じ外観なので、まれに旅人が女湯に入って袋叩きに遭うそうな。


「歓迎はされるけど、間違っても鹿の方に行かないようにね」


体に巻く簡単なシーツに着替えて荷物番に服もろもろを預ける。女性らしいラインをもつ二人に比べ私のなんと貧相なことか……。


大丈夫! 成長期なんだから未だ大丈夫!

たぶん……。


「ルビー! 髪の毛綺麗だね! 黒いシルクみたい!」


--か、髪はきれいなのよ私! 髪はね!


何だろう。誉められたのに悲しい。

スチームの焚かれた室内は大きな湯船が中央にもうけられ、壁に沿うように石の長椅子が置かれていた。未だ人気もまばらだが、最盛時間の夕方にもなると、マッサージ師や飲み物を売るものなどが出入りして大変混雑するそうな。


薬草を使った石鹸で体をざっと洗ってから、身を隠すように湯に浸かる。体のこわばりが緩んでいくと共に深いため息を吐いた。


--朝になっちゃったな。


家に帰って両親が、私がいないっ事を知ってどう思っただろう?

心配してるよね。探しているかな?


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