第4話

「ホントごめんね。驚かすつもりはなかったのよ」


父親とは似ても似つかぬ可愛い顔をしたトロルの少女は、再び目を覚ました俺にしおらしく手をついて謝っている。ちなみに名前を《モモ・ルロ》と言う。


モモちゃんは《不思議の森》の住人ではなく、もっと乾いた土地。切り立った岩山に囲まれた《隠れ谷の森》で暮らしていたらしい。砂漠に囲まれた岩場に穿たれた大きな亀裂に、前人未踏の深く暗い森がある。彼女たちトロル以外の種族は住んでおらず、少しばかりの動物以外は何にも住んでいない静かな場所だそうだ。

その孤立した世界で、モモちゃんたちトロルは、人の世で噂されるようなモンスターライフとは全く違う、平和で穏やかな日々を過ごしていたそうな。


「畑に空いた大きな穴に、父ちゃんが落ちてしまって。助けようとしたアタシと妹まで巻き添え食って、みんな落ちてしまったんだぁ。気が付いたら見たこともない森の中で……。帰れなくて困ってるの」


どうやらモモちゃんたちは、着の身着のまま  に巻き込まれてしまい。故郷から遠く離れた森の中に転送されてしまったらしい。


そう、どこかの だれか みたいに……。


爺さんアウト。

これはもうグレーじゃない。完全なる黒でしょう。


俺は猛烈に同情した。


分かる。分かるわ~。その困惑具合。

ましてや遭難同然の見知らぬ森のなか、さぞや心細かったっ事でしょう。

でも、安心してください! 俺が今からその元凶のもとへ皆さんをお連れしますから、そのうっぷんをジジィに詰め寄るなり城を壊すなり、晴らしてやって下さいまし!


俄然協調性の増した俺は、『大丈夫だ』とトロルのお嬢さんに太鼓判を押して見せる。


「え? 家に帰れるの?」


モモちゃんは、いかにも少女らしいしぐさで、両手を口元に当てて顔をほころばせる。オレの想像するトロルのイメージがガラリと変わった。

もっとマッスルな女性を想像していたんだけれども。本当は可愛かったんだな~。


「いや、モモちゃんの家が何処か分からないから連れていけないんだけれど。自称偉大な魔法使いを知っているから、その人に今から会いに行こうよ」


--そう、責任者にな。


俺は胸元に光る鳥の羽に似たペンダントヘッドを手に取ってほくそ笑む。行ったことのある場所になら何処へでも瞬時に行ける魔法のアイテム。

……名前なんだったっけ? 


そういえば爺さん言ってなかったな。

まぁ、いい。後で聞いておこう。


その魔法のネックレス。確か一度に触れるなら人数制限はないと言っていたな。なら問題ない。トロルでも行けるはず。


「あのぉ……」

「ん? 何?」

「連れて行ってくれるのは、出来れば夜まで待ってもらえないかしら?」

「なんで?」


申し訳なさそうなモモちゃんに理由を尋ねると、俺の後方を指さす。振り向けば、先ほど折れた大木のそば、降り注ぐ日差しのスポットライトを浴びて、ガッツポーズを決めている巨大な石像があった。


「お父ちゃん。ホントに慌てていたんだと思うわ。木ぃ倒したら日に当たるって考えなかったんだもんね」


どうやらあの石像はモモちゃんのお父さんらしい。

わが人生に一片の悔いなしとばかりに振り上げられた拳には、俺がつかまれていたそうな。トロルは直射日光に当たると石に戻ってしまう。その基本中の基本を忘れ、木陰を提供していた木を倒した挙句日を浴びて石になってしまったそうな。


「えっ!? それ大丈夫なの?」

「夜になれば元に戻るから。大丈夫、大丈夫」


何でもないと手を振りながら笑っている。モモちゃんが言うのだから大丈夫なのだろう。俺たちが話していると、ナットさんが呼びに来た。


「あぁ、よかった。気が付いたんですねマサル。気分はどうですか?」

「ちょっとぶつけたところが痛いけど、大丈夫みたい」

「モモさんもあちらで少し食事をしませんか? コルージャさんが妹さんに野菜スープを作っているんです」


野菜、と聞いてモモちゃんは嬉しそうな顔をした。

あれ? トロルって肉食のイメージなんだけど。俺の表情から気が付いたのかモモちゃんが困ったように眉尻を下げる。


「アタシたち、肉はあんまり食べないの。みんなは肉ばかり食べていると思ってるみたいだけども。野菜の方が好きなんだよ」


モモちゃんたち《隠れ谷の森》に住むトロルは菜食主義に近い生活をしているらしい。魚や肉の燻製を作ったり、チーズを食べることはあっても、人間の村を襲って食用にするなんてありえないらしい。

今回俺を追い回したのは食べるためではなく、助けて欲しかっただけなのだそうな。突然知らぬ土地へ飛ばされて、食べる物もなく、仕方なしにシカを捕まえて食べたのだが、食べなれぬものを食べたせいかもしれない。妹さんが具合を崩して、お父さんとモモちゃんは気が気でなかったそうだ。


それであんなに切羽詰まったというか。殺気立っていたというか。お父さん必死だったんだな。


俺は走馬灯を見そうなほど怖かったぞ!


「途中でゴブリンの村を見つけて助けてもらおうとしたんだけど、追い返されてしまって。棍棒や弓まで持ち出して追っかけてくるんだもの。怖かった。振り払っても切りがなくて」


あー。何となく分かったかも。

ゴブリンの土地を荒らしていたって誤解だったんだろうな。

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