第2話

周りの状況が、まっったく分からない。

強烈な浮遊感のなか、いきなり熱い湯の中へ放り込まれた。熱さと水に焦って、とにかく足のつくところを探してもがく。

背中を強か打ち付けて、ここが案外浅いところだと気が付いた。むせ込みながら身を起こして座れば、呆気なく水の上に顔を出すことができた。立ち込める湯気が微風に流されて、所々景色が開ける。


目に飛び込んできた映像は、ブルジョアな浴場だった。豪華な装飾もさることながら、カポーンと音が響きそうなすごい広さだ。


「ここは、何処?」


呟いたところで返事があるわけない。

分かっているけど声に出して言わずにはいられなかった。


何ここ? どうなってるの?


ちょっと泥水になったお湯から立ち上がって両手を見る。体を見る。足元を見る。

あっちこっち痛いし夢じゃないよな?


部屋着のジャージのまま、全身びしょ濡れで、バラの花びらが浮かんだビーナス誕生しそうな丸くてデカイ湯船の真ん中に立ち尽くす。もう、なぁ~んにも考えられずに回りを見渡した。大理石の壁がドーム状の高い天井まで続き、所々にエンタシス柱だの、何とか神の彫刻だの、海外の遺跡から持ち出したような美術品が俺を見下ろしている。


こんなに大きな建物、スパリゾートかな。

だとしたら近所ではないよな。


あれ? 県内にそんなリゾートあったっけ?


いやいや、待てよ。そもそも可笑しいだろ? 

なんで俺んちの地下にスパリゾートがあるんだよ?


てっきり下水に落ちて大惨事になると思っていたのに、想像もしない場所に出て来てしまった。よく考えれば2階のトイレにあんなデカイ穴ができたら1階が見えるだろう? って話だ。


とにかく今は誰か人を見つけて、ここが何処か把握しなくては。なにせ家で無いことは確かだ。


そのとき、後方から声がかかる。


「ん? 遅かったではないか。早く近うよれ。湯船に飛び込むとは足でも滑らせたのか? 粗忽者そこつものよのぉ~」


などと、湯気の奥から声が響いてくる。

え、誰かお風呂に入っていたの? 悪いことしたなぁ。それでも、丁度いい。此処が何処か聞いてみよう。

でも待てよ、どこから来たかと聞かれたら、何て答えよう?


『ワープしました』


……完全にヤベェやつだと思われる。


俺がそんなことに頭を悩ませていると、焦れたのか向こうの人がこちらへ近づいてきた。


湯煙の向こうから現れたのは……。


「キングッ!?」


しかもストリーキング!


あ、風呂場なんだから当たり前と言えばそうなんだけど、前くらいは隠そうよ。

結果にコミットした肉体美はすごいと思う。でも、トランプのK《キング》みたいなオカッパと髭は何とかした方が良いと思う。


「服のまま飛び込んできたのか」


ムッキムキの王さまは――髪型はともかく――なかなかにイケた顔のオジさま。略すとイケオジ。俺にそんな趣味はないので一般論と捉えて頂きたい。


そのイケオジは「どれ」と、言ったきり、俺のジャージのに手をかける。


「いやいや、何するんですか!」


そのまま、俺の服を脱がそうとしてくるオッサンの手を払った。


「そのままでは風呂にはいれまい。早く脱げ」

「いえ、俺は風呂に入りに来たわけではないので」


何なんだこのオッサンは? って風呂場で服のままびしょ濡れの俺がおかしいのか?


オッサンもオッサンで『小姓ではないのか?』と首をかしげている。面倒だと思った俺は、張り付く服を引っ張りながら、湯船から脱出した。

出口を探すことにする。


「人違いだと思うので、俺はもう行きますね」


お騒がせしました。と、頭を下げて壁の方へ歩き出す。取り残されたオッサンは、特に引き留めることもなくオレを見送った。


白くすべすべしたタイルの上を歩きながら、たぶん、高価な大理石のタイルなんだろうな等と余計なことを考えてしまう。


本当は、今の混乱した脳内を、もう少し整理するのに意識を向けた方がいいのだろうけど。


俺は今、隙あらば現実逃避がしたいんだよ!  疑問が多すぎなんだよ!

だから本当なら理解不能な事柄から目を背けてうずくまっていたいんだよ!


だけど状況がそれを許してくれない……。


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