はじまりはトイレから

第1話

時計を持っていなかったから、正確な時間は分からないけれど、半日くらい前かなと思う。そのとき俺は学校から家に帰っていて、今日発売のマンガを読もうと、自室のベッドでゴロゴロと寛いでいた。


「マサル~。ちょっとマサル~」


階段下から母が俺の名前を連呼している。

何だか知らないが、顔を出すまでやめる気はないらしい。

用があるならわざわざ呼びつけなくても、自分が部屋まで来たらいいのに。何でいちいち俺を呼びつけるのか面倒くさい。


「マサルいるんでしょ~」

「はーい! 何?」


ちょっとイラつきながら、自分の部屋のドアを開け、階段下に聞こえるように大声で返事する。いちいち下まで行くのは面倒なので、その状態で立ったまま話を聞いた。


「2階のトイレが調子悪いって言ってたでしょ~? 今日業者の人に来てもらって直したからね~」

「はーい。分かった」

「お母さんよく分からないから、治ってるか確認しておいてね~」


いや、俺は業者の人じゃないから見ても分からないよ?


「え~。何で俺~?」

「2階のトイレはあんたしか使わないでしょ~」


確かに、先月まで家にいた兄は、就職した会社に近いアパートへ引っ越していった。だから、今2階に住んでるのは俺だけだ。

父は単身赴任で遠い他県へ行っているし、母と俺、1階と2階で何となく住み分けが出来ていた。


「早く確認お願いね! 治ってなかったら連絡しないといけないんだから」


だったら自分でみたら良かったのに。

とは思ったものの、もういいやと諦めてトイレのドアを開けた。


「母さ~ん」

「何~?」

「観葉植物とか置きすぎじゃない?」


ドアを開けたその先は、緑と土の香りで一杯だった。外の温室と同じ臭いがする。緑は人を和ませる力があるとか聞くけど。ここまで置いたら逆にリラックスできない。狭いから!


「霜に当てると枯れちゃうでしょう? 下の廊下はもう一杯だから、寒いあいだだけ避難させてね~」

「え~。ジャングルみたいなんですけど~」

「ごめんね~」


しょうがないな。気を取り直し、スリッパを履き替えると中へ一歩踏み込む。行く手を阻む名前も知らぬ南洋植物の葉っぱを掻き分け進む。


「なんだろう。足元ふにゃふにゃするし」


マットまで変えたの?

緑のふかふかしたマットを踏みしめ水漏れしていた洋式便器へ近づく。近づく……。

いや、探す? いやいや、無いし!


ちょっと待てよ。便器ごとないってどう言うことだよ。直して欲しいって言ったけど、お持ち帰りしないと直せないレベルだったの? て言うかお持ち帰りする?

百歩譲っても仮の便器くらい付けるとか、そこまで壊れてるならいっそ新しい商品お勧めするとか何かあるだろう?

騙されてるんじゃないの?


脳内でさんざん突っ込みをいれながら、もう少し奥へ進む、スリッパがベタベタとしたものを踏んで滑り足のうらをみる。泥がくっついて茶色くなっていた。


「マジか~。植木鉢から土こぼれてるんじゃないの?」


そう言いながら、不意にトイレの広さに疑問を抱く。


こんなに広いわけないだろ。


ドアを振り返ろうとして、耳に寄ってきた虫っぽい羽音に仰け反る。なぜかぬかるむ足元にバランスを崩し、後にたたらを踏んだ。壁にあるはずの手すりをつかもうと手を伸ばすも空振り!?

そのまま数歩下がって……次の瞬間得たいの知れない穴へ滑り落ちた。


「ふぉおぉおおぉーっっ!?」


何でもいいから捕まろうと手を伸ばすも、ぬかるみの泥のようなものしかさわれず、勢いよく滑り落ちていく。


「おっかしいだろぉぉぉ~」


とっさに叫んだ言葉諸とも穴に吸い込まれていく。

何でこんなに大きな穴が2階のトイレにあるんだよ?

ウォータースライダーよろしく泥の穴を滑り降り、心配になってきた頃急に重力が消えた。

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