二階のトイレが異世界につながった件

縹 イチロ

序章

地域でも閑静かんせいとうたわれる住宅街のはずれ、俺の家は立っている。


長閑 のどかなある晴れた日の事。

ご近所迷惑などクソくらいといった騒音が、とある家の窓を揺らしていた。

借金取りがドアをけり上げる? いやいや、そんなもんじゃない。

映画の攻城シーンを大音量で流しているような、ドーンドンと木槌きづちでドアをぶち破るような音が響く。


そう。

俺んの二階のトイレから。


「ちょっと! 本当にやめて! 壊れるから!」


普通、トイレのカギは内カギだ。でも、うちは違う。

いたって普通な木のドアに、から横に三つ鉄のかんぬきが渡されて、それぞれに巨大な南京錠なんきんじょうがつけられている。これがどこにでもある一般住宅のトイレだと誰が信じる?

先程から、ミシミシめりめりの伴奏のもと、ドーンドンとドアが盛大にたわんでいるのは幻覚でも何でもない。現実だ。


「いんやぁ~。みんな挨拶に行ったてぇのに、オラだけしねぇというのも悪くってのぉ~。土産だけでも受け取ってもらえんか?」


「いいから、いいから! お気持ちだけありがたく受け取っておきますから!」


ドアを吹き飛ばさんばかりにノックしている張本人が、トイレの内側からのんびりとしたおとないを立ててくる。俺はどうにかお引き取りいただこうと声を張り上げた。


「こっちまで押しかけられると《ルシャンさん》に怒られますから!」


《ルシャン》の名前を出してようやくドーンドンが止まる。

ドアの向こうのは考えているのか、しばし大人しくなった。


「怒られちまうべか?」

「はい! ルシャンさんの許可をもらった人のみがこちらへは来られるようになっていますから!」


これで『OKされた』とか言われたどうしよう?

お終いだ。俺は冷や汗をかきながらドアの向こうの返事を待った。


「あぁ、そんじゃダメだ。許可貰ってこねぇと」

「わざわざ来てくれたのにどうもすみません!」

「いんやぁ。どうってことねぇよ。そんじゃぁ期待させて悪いけんども、またということで」


ドアの向こうの訪問者は、丁寧な挨拶を告げると何処ぞへ去っていった。

俺はトイレのドアを背にへたり込んだ。ルシャン爺さんにドアへ強化魔法をかけて貰っていなかったら、一体どうなっていたことやら。俺が緊張を解いている間にも、先程まで強打され、ひび割れていた壁やドアが、みるみる元の状態へ治っていく。


「《トロル》に場所を教えるんじゃねぇって、何回言ったら分かるんだよは!」


思わず叫んだ声に、階段下から声をかけられた。


「あら、大きなお友達、帰っちゃったの?」


見下ろせば、階段の下、顔をのぞかせている母が、お盆にジュースとタワーのように積まれたホットケーキをのせて気の抜けるようなことを言ってくる。


--おもてなしするつもりだったの?


この異常事態に、この母の反応。


可笑しいですよね?


でも、これが家の日常なんです。


昔は普通の家でしたよ。昔は。

昔って言ってもつい最近。詳しく言えばつい3ヶ月前まで。


……昔でもねぇな。


とにかく、こんな事態になっているのには深い理由わけがあるんです。

話せば長くなりますが、聞いてくれません?


お願い! 聞いて!

俺の脳内整理のためにも!


お願いしまーすっ!!

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