Go to 異世界
第1話
麗らかな日差しの降り注ぐ午後。
自室でのんびりと本を読んでいた、ルシャン老師の平穏を破ったのは覆面を被った変態……もとい。
国王だった。
勢いよく扉を開け、ジャーンと両手を広げて登場した国王はメキシコのレスラーみたいな出で立ちだ。袖についた長い糸状のフリンジをなびかせながら華麗にターンをし、マッスルポーズを決めて見せる。
「どうだ! ルシャン! かっこいいだろう!」
「斬新~」
ド派手なローブをこれでもかというオーバーアクションで脱ぎ捨てる。
この間、異世界からうっかり召喚してしまった少年が《プロレス》とやらの話をしてから、国王は夢中になってしまったのだ。
今はこんなにゴリモリのオッサンになってしまったが、子供の時、それはそれは病弱で両親や家臣を心配させていた。
丈夫に育ってほしい。とにかく強くなってほしい。と、周りが願い過ぎたのかもしれない。今となっては後の祭りである。
「今度、予が主催のトーナメント戦を開催するのだ! 楽しみだぁー」
ファイティングポーズをとりつつ、覆面越しでも嫌と言うほどわかる満面の笑みを浮かべていた。この様子から察するに、自分も名を伏せて出るつもりなのだろう。これで家臣の頭痛の種が、またひとつ増えたと言うわけだ。
「ところでルシャン」
「何でしょう殿下?」
「マーサルの国へ続く扉は出来たのか?」
「いえ、未だですが」
『だって、マサルが戻ってくるのにまだまだ時間がかかるでしょう? 』と、老師がいえば、国王は『ふーん』と何処かつまらなそうに返事をかえす。
何か妖しい。
「もし、もしだぞ。今から取りかかったらどのくらいで出きるものなのだ?」
「まぁ、1度作ったものだから3日もあれば出来るかな。もっと早く出来るかも。でも、この前開いた扉は不安定だったし。マサルを帰すなら時間の調整とかも考えなきゃならないし。開いた後も安全を考慮して、色々な微調整が必要になるかもしれないね」
などと、独り言のように説明する老師の肩を国王はワッシと掴む。
「ならば! ならば今すぐ取り掛かる必要があるのではないか! ほら、調整がどれ程の時間を要すか分からぬではないか!」
「う、うん」
妙に前のめりだ。
ぐいぐい攻めてくる熱い国王に、さすがの老師もちょっと引きながら生返事する。
「それでな。それでだな。もし必要なら予もその実験を手伝ってやらんでもないぞ」
遠慮するな。手伝いが必要であろう?
必要だよな?
と、徐々に強まる肩に置かれた手に嫌な予感しかしない。こいつ、マサルの国に行きたいんだ。本場ものの『プロレス』が見たくて仕方ないんだ絶対。
「扉を開いても、あちらには連れて行きませんからね」
「えーっ!? 何でだ! ジィばっかりズルい!」
二人きりのせいか昔の口調に戻る。
いい大人が拳を握って地団駄ふみふみ抗議してくる。しつこいようだけれど、海パン一丁の覆面オヤジがだ。子供の頃ならいざ知らず、成長しきった今の段階では絵面的に辛いものがある。
昔から何か気に入らないとすぐこうやって駄々をこねていた気もする。父親が彼に王位を譲ってからは成りを潜めていたが、たまにルシャンにだけ見せる姿だ。
それは老師が彼の幼少の頃より、師として友として共にあったからかもしれない。
高齢の王にようやく授けられた王子は、父親の思い出があまり無いのだ。それを思うと王にとってルシャンは甘えられる父のような存在なのかもしれない。
「だぁ~めです。また大臣の胃に穴が開くでしょう!」
「大丈夫だ。だってその扉は時間操作できるのであろう?」
ちょっと異世界に遊びにいってササッと戻れば何の問題もないではないか。と、楽観的なことを言い立てる。
「それにだぞ、門の抜ける先はマーサルの家なのだろう? 悪い人間がいるとは思えん」
「それにしたって、僕達が突然押し掛けたらビックリさせちゃうでしょ!」
「マーサルの友だといえば良いではないか!それにだ、これを見ろ!」
と、どこに隠してあったのか、国王は服を取り出してルシャンに広げて見せた。
「どうだ! マーサルとお揃いだぞ!」
みればマーサルが此方へやって来たときに着ていた『ジャージ』とか言う服だった。聞けば仕立て屋にそっくりなものを仕立てさせたのだと言う。
いつの間に……。
「ジィの分もある。これを着ていけば怪しまれることはないはずだ」
そんなこと言っても、こちらの住人であるルシャン達には向こうの世界の事など、マサルから伝え聞いた雀の涙ほどの情報しかない。その聞きかじった情報でさえ、こちらとは偉い違いだ。
「マサルが戻って来てから一緒にいった方がいいよ」
呉にいったら呉に従え。
どの世界にもルールは存在する。それを知らずに足を踏み入れるのは危険な行為だ。様々な者が住まう領域へ数多く足を踏み入れてきた魔法使いは、首を縦には振れなかった。
「危ないよ。そんな未踏の地に先陣切っていくのはどうかと思うよ?」
子をたしなめる親のように王へ語りかける。
しかし、彼は納得しない。
憮然とした王の目が、少年時代の彼に重なる。
『前は色々なところへ冒険に連れて行ってくれたではないか。心配する臣を説き伏せて、たくさんの楽しい体験をさせてくれたではないか』
何故、もう駄目なのか?
「君は国王でしょ?」
それは彼が王になったから。
王が自ら危険なものに飛び込んではいけない。後継者のいない今の彼なら尚更。
「今までは僕が行ったことのある場所だったから守る自信があった。でも、今度は」
王様だって頭では分かっている。
でも……。
「えぇーい! ジィ! 研究費を投じているんだから言うことを聞け! 国王命令だ!」
彼がルシャン相手にこんな風に王の権力を振りかざすような台詞をはいたことはない。どう考えても子供じみている。わかっているだろうに。
いつも何かを探し求め、研究に没頭している老師が好きだった。王様がまだ王子だった頃はいつもルシャンの傍らにいられた。不思議な世界を楽しんでは、共に嬉しそうに笑う。
けれど、王様が先王に代わり即位してからと言うもの彼の回りは目まぐるしく変わってしまい。いつも老師の側にいられるわけではなくなった。
たまに顔を会わせるだけになったルシャンは、もう王様には分からない事ばかり研究している。それを寂しいと侍従に漏らしたと聞いたことがある。
『高齢の父はいつも忙しく王子であった予を細かに構うことはできなかった。また母も父が亡くなってから気鬱の病になり寝込みがちになってしまった。
予にとってはルシャンだけが幼い頃よりの家族であり友であった。
いつも側にいてくれるものと思っていたいたのに』と。
「よいな! 実験には予が立ち会うゆえ早々に取り掛かれよ!」
王様はそれだけ言い残すと踵をかえし、乱暴にドアを開けて去っていった。その背を追うような深い溜め息が聞こえた。
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