第6話
俺の入ってきたドアと、 積まれた木箱の影にあった裏口を開け放って部屋中に満ちた粉塵が収まるのを待つ。徐々に薄まる粉煙のなかに見えてきたのは、真っ白に床に広がった粉だけ。
スライムの姿がない。
「居ないねぇ」
壁や天井にくっついているかもしれない。
未だその辺りの木箱の影に潜んでいるかもしれない。
警戒しつつ小屋のなかに足を踏み込んだ。
俺も探そうと梯子を伝って粉まみれの地面に降りた。と、そのとき、なにか柔らかなものを踏みつけ、俺は慌てて飛び退く。
「わぁ! なにか踏んだ!」
はしごの根本の粉を避けると、粉まみれの黒い餅のような塊が見つかった。
「あぁ、スライムの死骸だね」
大量の中和剤をかけられたスライムはすっかり縮んで死んでいた。
「切り開いてみるといいよ」
俺は言われるがまま剣を取り出して、羊羮のようになったスライムを切り開いてみる。
中から青紫色のガラス質の塊が出てきた。
スライムの作る結晶らしい。手のひらに収まるほどの大きさがあり、僅かに紫がかるほど深い青。
「上質な宝石が手に入りましたね」
ナットさんが感心したように俺の手元を覗き込んでいった。色合い、透明度に大きさ、共に質がいいという。
「宝石はスライムを倒した人のものと決まっていますから、それはマサルのものですよ」
全身粉まみれ、返り血まみれの一団が家に帰りつく頃にはとっぷりと日がくれていた。色んな事がありすぎて、ドッと疲れが出た俺は、風呂に入って夕食もそこそこベッドに倒れこんだ。
そして朝方、胸の上の重さにうなされ目を覚ます。
重い~。苦しい~。
体の周りに手触りのよい毛布がかかっているらしく、俺はその切れ目を探し、ようやく手を出して胸の上の物体にさわる。
ん? これ毛布と違う。
小さな生き物をさわっているみたい。
一気に目を覚ます。肘をついてベッドの上で身を起こすと、様々な色の毛玉におおわれていた。昨夜夕飯の席で俺を褒め称えていた子供らが、折り重なるようにして俺の上で眠っていたのだ。にやにや笑いが浮かぶ。
うおぉぉぉ~。
何この至福。何このヘヴン。
俺は温かい極上の手触りを堪能した。
だがしかし、締まりの無い顔でお子さまを撫で回すのは如何なものか。さすがに変態だろうと思うので、俺の理性が欲望にブレーキを掛ける。
すみません。取り乱しました。
さて、どうやってベッドから抜け出そうか、俺が悩みつつ身をよじっていると、様子をうかがうようなノックが聞こえた。
「マサル、朝食ですよ。起きていますか?」
「あ~。ナットさん。手を貸してください」
どうしましたか?
と、ドアを開けたナットさんの顔に苦笑が浮かぶ。
「これは申し訳ない。良く眠れなかったでしょう?」
ベッドから助け起こしながら、ナットさんが謝るのを俺は笑顔で打ち消す。
「逆に良く眠れたよ。温かかったし」
子供たちは未だぐっすり眠っている。
俺はそれを起こさないように気を付けながら、ベッドから降りた。
借りたパジャマを脱いで、もとの服に着替える。
ナットさんの奥さんは、昨日粉まみれで帰ってきた俺の服を、どうやって綺麗にしてくれたのだろう?
柔らかな石鹸の臭いに感謝しながらも不思議に思う。
「子供達が起きてからでは大変です。朝食をとったら出発することにしましょう」
確かに、少し騒がれるかもしれない。
そんなうぬぼれを抱いてしまうほど、子供たちは俺を慕ってくれたのだ。ぐっすりと眠り込んでいる子供たちの頭を、一人一人撫でてお別れの挨拶に変える。
「また、遊ぼうな」
朝食はナットさんの娘、グーズベリーさんが用意してくれた。
スパイスの効いたミートパイ、レタスとトマトのサンドイッチ。ジャガイモの濃厚なポタージュまであった。
王様の宮殿で、爺さんが食べさせてくれた料理も美味しかったけれど、俺はナットさん家で食べるご飯の方が好きだ。上手く言えないけど、優しい味がする。
家族で食卓を囲むときの味だ。
「父はマーサル様にご迷惑を掛けてはいませんか?」
紅茶を注ぎながらグーズベリーさんが聞いてくる。
困った父親だと言う態度を取りつつも、初めて旅をする彼を心配しているのが分かる。
「一緒に来てくれて本当に助かっています」
「いつまでも子供のように冒険に憧れて、困ってしまいますけれど。勇者さまが一緒だと思うと安心できます」
いや、どちらかと言うと俺はナットさんに助けられています。と、言うと、ご謙遜をと微笑まれた。
事実なんだけどなぁ。
バンダーウルフの討伐とスライム退治の話しは、あっという間に村中へ広まったらしく、新聞の紙面を賑わわせていた。
もちろん俺は文字が読めない。それでも、テーブルの上に置かれた新聞の挿し絵が、昨日の事を言っているのは見れば分かる。
挿し絵の俺は3割増しでたくましく描かれていた。
これって、地方紙なの? それとも全国紙なの?
いや、どちらでもいい。挿し絵を見る限り、多分内容が盛られて書いてあるんだろうなと想像する。
読めなくて良かった。読めてたらもっと胃が痛んだと思うから。
あと、どのくらいの距離を進むのかなぁ。
なんとなく遠くをみたくなり窓に目をやれば、ナットさんと奥さんが見えた。うつ向く奥さんの背中を、ナットさんは安心させるように撫でていた。
本来のナットさんのいるべき場所。
彼が望んだこととはいえ、ナットなんの家族には悪いなと思う。こんなに心配かけてるんだから。
安心してください!
このマサルがご無事に連れて帰りますよ!
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