第2話
私が少し近づくと、それでは足りないとでも言いたいのか、魔女は手招きのモーションを速く大きく繰り返す。
近寄っては手招きされ、手招きされてはまた動くを繰り返し、私はとうとう玉座の置かれた壇の直ぐしたまで移動させられた。
「よく来たわね。私がこの砦の主ブリュイヤールです」
声、小っさ!!
魔女の蚊の鳴くような声を聞いて内心叫ぶ。
そりゃあ聞こえないわけですよ。
こんな広い謁見の間の中央で話を聞くなんて絶対ムリ。
逆に何で広い部屋に通した?
私の来訪を労うブリュイヤールの言葉に注意深く耳を傾けつつも、そんな突っ込みが次々に頭に浮かんできた。今この瞬間も、私はかなり前のめりで彼女の話を聞いている。面白いとかではなく、聞こえないから!
「噂では女神の泉から現れたと聞いています。こちらの暮らしに難儀しておりますか?」
「いえ、こちらではバザーで店を開いている方に面倒を見て頂きました。親切にしてもらっています」
「それは良かったです」
なぜか私まで小声になってしまう。
何でこんな広い部屋でヒソヒソ話し合っているのかなんて考えちゃいけない。お城にいる女性はこういうものなのよきっと。そう、自分に言い聞かす。
「城に留め置いてごめんなさい。貴女の魔法の力が強いので仕方なかったのです」
ブリュイヤールから噂に聞くような恐ろしさは感じなかった。こうして会話している分には、引っ込み思案な女性といった感じ。
彼女が手元の鈴を鳴らすと兵士が一人現れた。
呼び鈴だったのか。
兵士は部屋の中央まで進み出て命令を待つ。
「ルビーさんが消してしまったと言う3人の資料を持ってきてくださる?」
暫しの沈黙。
多分、いや絶対あのお兄さんには聞こえてない。
「ルビーさんが消してしまったと言う3人の資料を持ってきてくださる?」
あ、少し声が大きくなった!
それなのに部屋の中央でかしこまっている兵士のお兄さんには届いていないみたいだ。
「ルビーさんが消してしまったと言う3人の資料を持ってきてくださる?」
ブリュイヤールは再び同じ台詞を更に大きな声で繰り返した。兵士は、ようやく何か言われているらしいことに気がつき、片手を耳に当てて『え?』って顔をしている。
「ルビーさんが消してしまったと言う……」
もう、止めてあげて!
いい加減聞き取ってあげて!
そりゃあ、声が小さくて聞き取りにくいのかもしれないけど、何回同じこと言わせんのよ!?
私が内心こう叫んでいると、扉の側で戸惑いの表情を浮かべながら耳に手をかざしている兵士に
眩むような閃光と胸を圧迫するような轟きが起こり、私は声もなく固まった。先程まで立っていた兵士からふわりと煙が漂い、ガシャリと膝から崩れるように倒れる。
死んだぁ〰!
ブリュイヤールを振り替えれば、苛立ちに歪めた表情でワナワナと震える片手をあげていた。
気持ちは分かるけど、それやっちゃダメでしょう!
私がまだショックから立ち直れずに固まっていると、外に控えていた警護の兵士が一礼して入ってきた。慣れた手つきで雷に打たれた兵士の両足を脇に抱えると、ずるずると引きずりながら退出していく。
ドアが閉まったのを見届けるや否や、すぐに呼鈴が鳴らされる。
「ルビーさんが消してしまったと言う3人の資料を持ってきてくださる?」
現れた兵士が怪訝な顔をして、耳をこちらへ傾けたとたん。ピシャーンと部屋に閃光が走った。
パンチパーマの兵士がまた一人出来上がる。
再びしつこく呼鈴をならした。
もう、わかったから!
貴女の無念は痛いほど分かったから!
商店街でくじ引きの1等を知らせるスタッフのように、呼鈴を涙目で振り回す魔女を見るのが何だか苦しくなってきた。
新たな犠牲者が入り口に現れた所で私は声を張り上げた。
「『私が消してしまった人の資料を下さい』と、仰っています!」
「は……はい!」
現れた兵は、主ではなく私に話しかけられ驚いたようだ。しかし、空気を察したらしく、返事ひとつで駆け戻るとブリュイヤールが欲しがっていた資料を持ってきた。
機嫌の悪い魔女は、引ったくるように巻物を受けとると兵士に下がるように手を払う。しばらくはフーフーと鼻息も荒く怒っているようすだったが、巻物を読んでいくうちに落ち着きを取り戻した。
一通り読むと考えるように空を見つめ。
「この人たち、ずいぶん悪いことを重ねていたようですね」
--切り替え早い!
短時間で気持ちの切り替えをしたブリュイヤールに驚きつつも『そうなんです』と相槌を入れる。スムーズに話が進むことが余程嬉しいのか、砦の魔女は心から嬉しそうに微笑んだ。少し胸が痛む。
「じゃあ、もういいのです。再び呼び出したとしても同じ事を繰り返すだけでしょうから」
「え、でも」
どんな悪い奴でも裁判は受けさせるんじゃないの?
呼び出して言い分聞いて、証拠に基づいて罪の重さを決めるんじゃないの?
「掃除したゴミを再びぶちまけて調べる必要はありませんでしょう?」
ブリュイヤールは面倒くさそうに綺麗に塗られた爪を見ながら冷酷な台詞をはいた。
そりゃあ、悪い人たちでしたよ。
人を踏みにじって何とも思わない人でなしでしたけど。何とも言えない表情を浮かべている私に、ブリュイヤールは微笑みかける。
「どのみちこれほどの罪を犯しているなら、呼び戻したとしても極刑になります。二度も恐ろしい目に遭わさなくとも、貴女がうんと懲らしめたのだからこれでいいのではないですか?」
それとももう一度、今度はもっと辛い方法で罪を購わせたいですか?
頷いたらやりかねない。そんな雰囲気を漂わせて尋ねてくる。私は慌てて首を横に振った。
「彼らが所有していたものは国が受けることになりますから安心してね」
金と物は国庫へ、人々は一国民として受け入れますから。
ーーそれって自由の身って事よね!?
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