第5話
あれだけの体格なら、攻め寄せるゴブリンを振り払っただけでもケガさせてしまうに違いない。テンパっていれば、力加減も考えられないだろうから、ゴブリンにはご愁傷様である。
コルージャさんのもとへ行くと、何処から持ってきたのかデカい素焼きの壺が焚火に据えられ、シチューのような旨そうなスープの匂いがあたりに漂っていた。その横では凶暴な顔をした--これまたでかい--魚が白目をむいて焼かれている。大きな木の棒で壺をかき混ぜているコルージャさんのそばで、取り分けられたシチューを食べている子がいた。
子と言っても外見だけの印象で、2メートル級のキャベツ人形といった感じだ。モモちゃんとよく似た色の髪を、ツインテールに結んだ幼女は、お行儀よくアヒルさん座りをして、お玉のようにデカいスプーンを使いフーフーと吹き冷ましながらシチューを頬張る。クリッとした緑の眼で俺たちを見ると笑った。
可愛いけど、デカい。
まぁ、モモちゃんはそれより大きいんだけどね。
「トロルがこんなに話の分かる連中だとは思ってもみなかったよ」
巨大な壺スープをこしらえたコルージャさんは、額の汗をぬぐいつつ機嫌よさそうだ。ククーの姿はない。
「ララちゃんの具合は治ったみたいだよ。お父さんは動かせそうにないから夜まであのままにして置く他なさそうだね」
「ありがとうね。何から何まで」
モモちゃんは、ララちゃんの頭をなでながら頭を下げた。
「マサルは大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
「そうか。良かった。君もこっちへ来て何か食べるといいよ」
トロルとエルフ、キャンベルと
「君が眠っている間、モモちゃんと馬車を取ってきたよ。もうテールもつないである。壊れたり失くしたものは残念だけど、旅先でそろえるようにしてね」
「モモちゃんたちはどうなるんです? コルージャさんは彼らの故郷を知ってるの?」
「残念ながら知らないんだ。うんと昔にこの森にもトロルはいたらしいんだ。けれど大きな争いがあって、その中で姿を消したって聞いている」
コルージャさんの言いにくそうなようすから、たぶん戦争のようなことがあったんじゃないかと思う。ククーが此処にいないのも、もしかしたらそんな関係かも知れない。
「ゴブリンとのこともあるし、モモちゃん達はここに居たらよくないよね?」
今は妹に膝を貸して休んでいるモモちゃんを見た。膝枕されて眠っているララちゃんの寝顔に心配の色は見えない。けれど、そんなララちゃんを見守るお姉ちゃんの顔には疲れと不安が滲んでいるように思えた。
お父さんはいるけど、彼だってこの森に詳しいわけじゃなさそうだ。今のこるーじゃさんの話を聞いただけでも置いていくのは良くないような気がする。
「この森でトロルが暮らすのは難しいですか?」
ナットさんがコルージャさんに尋ねた。
彼に珍しく渋い顔を見せる。その表情からもあまり歓迎されているようには思えない。
「難しいだろうね。頭の固い連中も多いから」
以前この森にいたトロルは、凶暴で残忍な性格だったらしい。その話が今も語り継がれているこの森では、モモちゃんは恐ろしいモンスターなのだ。
ナットさんは暫く宙を見据えて考えこんでしまった。
「あのさぁ、俺。夜になったらモモちゃんのお父さんを連れて、ルシャン爺さんに会いに行こうと思うんだよね」
俺の言葉にナットさんは驚いたようだが、魔法のネックレスを手に取っているのをみて理解したようだ。
「そうですねマサル。ルシャン様なら、モモさんの故郷の場所を知っているかもしれません」
それはいいと頷いた。
深い森の中、倒木で空いた空が紫色に陰るころ、静かな森にトロルの雄たけびがこだました。
「捕まえたぁぁぁぁぁ!」
陽光で石化していたモモちゃんのお父さんが、目を覚ましたらしい。
ナットさんが毛を逆立て、眠っていたララちゃんがビクッと身を震わせて起きると泣き出した。その背をなでてあやしながらモモちゃんが目を吊り上げる。
「父ちゃん! 煩い!」
腕を振り上げていたトロルは、周りが闇に包まれていることに動揺し、戸惑いの声を漏らしながらキョロキョロと辺りを見回している。拳を開き、捕まえたはずの人間の姿がないことを確認して、落としたとでも思ったのか足元を探す。
「父ちゃん、もう夜だよ。捕まえようとしたマサルさんはここに居るよ」
娘の声にようやく反応し、焚火の明かりが眩しいのか目を細めつつ背後を振り返った。その明かりの中に二人の娘の姿を見止め駆け寄ってくる。
「おめぇ、大丈夫か?」
傍に俺やナットさん、コルージャさんがいることに警戒して、恐る恐ると言ったようすでモモちゃん達に安否を気遣う。
「父ちゃんが眠ってる間に、ララのお腹さエルフのお兄さんに直してもらったんだ。うめぇスープもこさえて貰ってお腹もいっぱいだよ」
モモちゃんはお父さんと話す時だけちょっとなまる。
娘たちの満ち足りたようすを見て、何か極まるものが有ったのだろうか。
トロルの父ちゃんは『グフゥ』と泣き出してしまった。やれ腹をすかせた娘に満足なものを食わせてやれなかったの。母親を失ってから男手一つで育てて来たから、余計な心配させたくなかったのに、下の子に腹を壊すほど不安にさせてしまっただの。出るわ出るわ後悔と涙。
ぼちゃぼちゃとゲリラ豪雨のように落ちてくる涙の飛沫に、湿らされた焚火がシューッと苛立つような音を立てた。鬼のようなオッサンが顔をくしゃくしゃにして泣いているさまを、俺はただ見守る事しかできなかった。相当大変だったんだろうな。さっきまで恐ろしかったトロルが、今や全然怖くない。
「分かります。分かりますよ。父親として家族を守りたいと思うそのお気持ち」
俺の隣で同じく泣いているハム……人がいた。
なんでだか、ナットさんがもらい泣きしていたのだ。
「娘さんたちはもう大丈夫ですから。お父さんもこちらで火にあたって体を温めてください。お腹も空いていらっしゃるでしょう? どうぞどうぞ遠慮なく召し上がって下さい」
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