第3話

木の箱に爪を立てたり、手を入れられる隙間を探して飛び回るピクシー達へ、俺はあまり刺激しないように話しかける。


「あの、妖精さん達。果物ほしいの?」


言葉は分かるらしく、ピクシー達は俺を振り向いて一斉に喋りだす。

木箱を開けろとふたを叩いたり、俺の鼻先を指さして、一所懸命にフルーツを出せと身振り手振りを交えて訴えてくる。たくさんの鳥がいっぺんにさえず りだしたみたいに喋り続ける妖精に、ひとまず落ち着いてくれと抑えるように手を伸ばした。


「俺が、今、果物を出してあげるから。待っててくれる?」


一語一句区切りながら、ジェスチャーを交えてゆっくり伝えてみる。

俺の行動をじっと見つめていたピクシー達は、御互いの顔を見合わせていたが、やがて全員頷いた。


俺とはナットさんは、手近な木から一番大きい葉っぱを皿がわりに取ってくると、その上にリンゴ、オレンジ、ブドウなど、小さく切り分けて山と盛り上げた。山盛りの果物を目の前にして、ピクシー達は世話しなく歓声をあげ、光の点滅を繰り返す。


もう、本当に目がチカチカしてくるから勘弁してほしい。

幌馬車のいたるところに光が飛び交い、ミラーボールでもつけているみたいだ。


さぁ、召し上がれ。

と、いうが早いかフルーツが無数の小さな手につかまれ、お喋りを忘れた口へ吸い込まれていく。シャクシャクと小気味のいい音と新鮮な甘い香りが漂った。


フルーツの山が消えたころ、俺は空になった箱を見せてピクシーたちへ果物はもうないことを教えた。もう少し欲しそうにたむろっていた妖精も、無い物は出せないと理解したようで渋々飛び去って行く。


「全部御馳走しちゃったね」

「仕方ないですよ。妖精には勝てませんから」


この先暫くフレッシュな果物が食べられないのは残念だけど、面白いものが見れたから、まぁ良しとしますか。この先長い森の中、妖精と争っていいことなどなさそうだし。


不思議の森は思いもよらないタイミングで、その後も俺に珍しい物を見せ続けてくれた。


「ナットさん、この森にエルフはいないの?」

「居ますけど、もっと深いところまでいかないと姿は現しませんよ」


すれ違ったとしても、森に溶け込んで姿をくらましているから、こちらからは分からない。それに、よほど木々を痛めるような悪い態度をしない限り、あちらから攻撃を仕掛けてくることも無いそうだ。


「もっと、見張られると思ってたよ」


俺の知っている物語のエルフたちは、縄張りによそ者が足を踏み入れた途端近づいてきたり、攻撃してきたりするものなのだが。


「彼らには彼らの生活というものがありますからね。こちらが無茶なことをしたり、失礼な態度を取らなければ特別接触してこようとはしませんよ」


「そういうものか」


ちょっとがっかりだ。

でも、むやみに騒いで矢が飛んできても怖いからな。

今回は諦めよう。


森のなかは日没が早い気がする。横からの日差しがほとんど入ってこないからそう感じるのかもしれない。

暗闇を馬車で進んで泥濘ぬかるみや穴にはまっても厄介なので、俺たちは早々に今日の宿を決める。


宿と言っても家が建っているわけじゃない。

綺麗な花の咲いている木下とか、大きな岩の影とか、洞穴の近くとか。雨風しのぐのに丁度いいとか、気分的にここがいいとか。

そんな理由で馬車を止めたところが宿になる。

野宿だからね。


薪を集めてささやかな火を起こし、温かいお茶を沸かしたりベーコンを焼いたり。夕飯の支度を始める。


夜の森で野宿。

なんかドキドキする。


前に学校の行事で、キャンプをしたことが何度かある。けど、バーベキューやテントとか、キャンプファイヤーとか。色々なものがちゃんと揃っていて、余り自然のなかで暮らすって雰囲気はなかった。クラスメイトもウジャウジャいたし。

それはそれで楽しいんだけど、騒がしくて、林間学校の延長戦のようにしか思えなかった。


でも、今。この広い森のなか、ナットさんと二人だけで焚き火を囲んで、枝にベーコンとか刺して焼いていると、すごくワイルドな事をしている気分になる。

静かでとっても暗いから、一人だったら怖くていられないかもしれない。そのくらい、夜の森はシンと静まり返っている。


でも、そんな怖さも含めて楽しいと思う。

冒険してるなって思えるから。


「マサル」

「なに?」

「楽しいですね」


ナットさんも、もしかしたらそう思っているのかもしれない。


「ナットさんは、こうやって野宿したことある?」

「いえ、無いですよ。森のなかではね」


果樹園の収穫の最盛期に、果樹園でみんなで過ごすことはあるらしい。けれど、こんなに大きな森のなかで、少ない人数で過ごすことはなかったそうだ。


パンを温めてベーコンやピクルスをはさみ、簡単なサンドイッチをつくって夕食にする。上手く焼けなくて焦げてたりするそれが、すごく美味しく思えるから不思議だ。


俺が胡座かいてサンドイッチを食べていると、ナットさんが俺の方を見たきり固まっている。


……固まっている。……リロード中?


……え? ちょっとなに? 怖いんですけど!


ナットさんは小動物が時々見せるような、長~いフリーズをして辺りを伺っていた。その視線の先が俺の背後に注がれているため、めっちゃ怖い。


「ナットさん。何かいるの? ねぇ、何かいるの!?」


なぜか小声になってしまう。両手でメガホン作って話しかける。


「怖いから! 何か見えるなら見えるっていって……」

「美味しそうな匂いだな」


--えぇぇぇぇー!?


心の中の大絶叫!

でも、口から出たのは怪鳥が絞め殺されるみたいな変な悲鳴。


何の気配もなく! 何の気配もなく!

すぐとなりに人が座っていたんですよ! 信じられます?

声が身近で聞こえた途端に、そちら側にだけブワッと鳥肌がたちましたよ本当に!


俺は瞬発的に立ち上がった。

意味で俺が座っていた場所のとなりには、同い年くらいの人が座ってこちらを見上げている。

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