第4話

短く刈られた草地の上に、赤い渦巻きが幾重にも記されていく。小さいもの大きいもの。まるでミステリーサークルのようだ。


「マーサルさん。美しい陣形でしょう?」


俺の座る枝より少し上の枝に、バンダーウルフの侵入を教えに来た黒毛の獣人が座っていた。見れば足に怪我をしている。


「そうですね。でも、ちょっと怖いな」

「戦いの舞ですからね」


仲間を助けようと言うのか、外側のイガグリへ新手のバンダーウルフが2頭躍りかかった。必死に牙をたてるも逆に傷ついて離れる。血を流し、耳をつんざく悲鳴のような鳴き声をあげた。それでも、向かってくるものにキャンベル達は容赦しなかった。外側で包囲網を作っていた一団が離れ、新手の狼たちを囲いこむ。


そのさまを見ながら黒毛の獣人--シューさんという--は、一族の名の由来を俺に教えてくれた。


《モーニングスター》。

彼らの可愛らしい姿から、名前の由来を《明けの明星》と勘違いしているものも多い。だが、その名の由来は武器から来ている。

手足が短く背の低い彼らにとって武器を振り回して戦うのは不利になる。そこで、伸縮性のある棘の鎧を作り出し、身にまとって体当たりをかます戦い方をするようになったそうだ。その姿が《星球武器モーニングスター》に似ていると、名の由来になったとか。


因みに星球武器とは、こん棒の先に棘が生えた鉄球をつけた武器で、世紀末漫画などによく登場するモヒカンのヒャッハー的雑魚兵士がよく使う武器。と、俺は認識している。


木の上でそんな話をしているあいだに、下で繰り広げられていた戦いは終わりを迎えようとしていた。血溜まりのなか3頭の狼がすでに事切れていて、あとから更に駆けつけてきたらしい2頭が命からがら逃げていく。


ナットさんたちは逃げた狼を捕まえる気はないらしく、3分の2が武装をとき、残りのものが傷付いたバンダーウルフが村の外までいくのを見届けるために後を追っていった。


「逃げた狼が仕返しに仲間をつれて戻ってきたりしない?」


「いえ、偵察隊の一部を返した方が、この村が危険だということを本隊に教えるので、狼避けになるんですよ」


バンダーウルフは数年に一度やって来る災害のようなものだそうな。やって来た偵察を叩かないと本隊の狼の群れがなだれ込み村中で被害を広げてしまう。


「少ないうちに追い払わないと、死傷者を出すことになりますからね」


俺は木から降りるシューさんに手を貸した。

倒された狼は、持ち運びが楽なように、棒に手足を括られている。ナットさんたちは返り血で、みんなガビガビの毛並みになっていた。


バンダーウルフ討伐を終えた俺たちは、薄汚れた姿で戦利品を担ぎ、誇らしげに家に帰っていった。


ナットさんの屋敷の前に着くと、奥さん達が出迎えてくれた。自分の伴侶が無事な姿を確かめてホッと胸を撫で下ろしている。

子供たちは強い父親の姿を誇ったり、恐ろしい狼の死骸を怖がったりしていた。そのなかに、先ほど勇者の事を熱く語っていた黒毛の少年の姿がない。


「おい。ポムはどうした?」


シューさんが辺りを見回してそんなことを聞いている。黒毛の少年はシューさんの息子さんらしい。子供たちはばつが悪そうにお互いの顔を合わせ、俺の一番近くにいた白い毛の女の子が、指をこねくりまわしながら言いにくそうに口を開く。


「あのね。みんな止めたんだけどね。ポムったらね。お父さんたちの後を追いかけていっちゃったの。ダメって言ったんだけどね」


皆の顔が青ざめていく。

傾きだした日差しはオレンジ色に変わろうとしていた。日の落ちた果樹園には様々なモンスターが現れる。再び武器を手に取り果樹園に引き返した。


俺も微力ながらお役にたとうと後を追う。

ポムの名を呼びながら、果樹園の木漏れ日のした歩いていると、頭の上から声がする。


「マーサルさん。マーサルさん」


泣きそうな声の主はポムだった。

俺が口を開こうとすると、人差し指を口の前にかざして喋るなと言う。

ここまで上がれとジェスチャーで示すので、木を登っていくと、涙を浮かべたポムが俺にしがみついてきた。


「お父さん心配てしたぞ! 早く帰ろう」

「ダメだよ! あいつがいるもん」


そのとき風上から、ツンと鼻をつくような異臭が漂ってきた。臭い元を探せば1つ木の向こうに蠢くものがいる。キャンベル族くらいの大きさだが、彼らではない。大きくて青い半透明の物体。スライムだ。


ぐねぐねと延びたり縮んだりを繰り返しながら、枝についたオレンジをむしりとっては体の中へ沈めていく。


「果樹園を荒らしてる」

「あいつらは、音と振動、匂いに反応するんだ。」


なるほど。だから、葉の擦れるような囁き声で話している俺たちには未だ気づいていないのか。


そのとき、小さな毛の生えた生き物が、茂みから姿を現してスライムのそばを駆け抜けて空こうとした。一瞬だった。スライムの体が伸びて、その小さな生き物に被さり取り込んでしまった。


「あいつら何でも食べる。見つかったら僕たちでも襲ってくるよ」


それは聞いてない。

俺が街道で出会ったスライムは、もっとおとなしい生き物だったのに。

ポムが言うには、成長し色が濃くなるほど食べることに貪欲になっていくそうだ。


「放っといたら果樹園が荒らされちゃうし、働いている人が危ないよ」

「よし。じゃあ、俺がスライムを引き付ける」


俺は土地勘がないから、ナットさん達大人に知らせようにもどこを走って行ったらいいか分からない。

でも、ポムなら足も早いし道も知っている。


「だから、俺がここでスライムの足止めをしている隙に大人に知らせてきてくれ」


俺を置いていくことを、ポムは良く思わないようだったが、君にしか出来ないことだと頼られて決心したようだ。


「分かった。すごい早さで戻って見せるから!」


俺は手近な枝からオレンジを持てるだけもいで抱えると、そっと地面に降りた。ポムが未だ残っている木から離れて、十分な距離を稼いでからぴょんぴょん跳び跳ねる。


「おーい。スライム! オレンジやるからこっちに来ーい!」



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