第3話

俺が祈るような気持ちでいたとき。

部屋に息急ききって黒毛の獣人が入ってきた。


「父さん、西の果樹園にバンダーウルフが迷い込んだよ」

「何匹だ!」

「今はまだ1匹」

「1匹だけのはずはない。最低5匹はいる」


それを聞いた客間の男たちは椅子から腰を浮かせ、母親たちは不安気に子供をそばに呼び寄せる。

先ほどまでの和やかな空気は一変した。


「早く見つけ出して狩らないと! 仲間が来てしまう!」


その言葉を合図に、大人たちは席を立つ。俺はナットさんを呼び止めて、何が起こったのか聞こうとした。《バンダーウルフ》ってなに?


「今は一刻を争います。向かいながら話しましょう」


こんなに真剣な顔は、彼に出会ってから初めてだ。でも、話を聞くうちに俺の顔もシリアスになって行った。


《バンダーウルフ》とは、渡りを行う狼の群れで、先頭をいく数頭が偵察を行い、安全と見るや群れがなだれ込んでくる。家畜や果実、住人までも襲い何でも食べるため、この偵察に来た最初の狼たちを叩かなければ大変なことになるそうだ。


「一緒に来るなら戦う覚悟でお願いします。危ないとわかったらなるべく高い木の上に逃げてください。分かりましたか? 万が一飛び掛かられるような事態になったら、目か鼻面を狙って斬りつけて下さい。無理はせず、怯んだ隙を見て逃げるんですよ。やつらが1匹で獲物に対峙することはありませんから」


『良いですね!』と、念を押すナットさんは微塵も笑っていなかった。俺が『分かった』と頷くのを確認して、ナットさんは駆け出した。


ほどよい間隔を空けて生えているリンゴの樹は、短く刈り込まれた下草の緑に心地好い木漏れ日を落としていた。どれも大木と言っていい大きさだ。オレの住んでいた世界の整えられた果樹園とはスケールが違った。

もっと眺めていたいけど、今はバンダーウルフを探さないと。


お互いの危機に、駆けつけられるように距離を保ちながら、散らばってモンスターを探す。周りの物音に耳を澄ませ、獣の気配を探っていると、前方のどこかで『いたぞ』と言う声が上がった。一斉にそちらに向けて走り出す。


俺も遅れまいとみんなの背中を追いかける。

ナットさんたちキャンベル族は、本気を出して走るとき四つ足になる。滅多にしないが、これで走られると本当に早くて俺の足では追い付けない。背中を見失わないようにするだけでも大変だった。


果樹が一本切り倒されて開けた場所に、獣人たちに囲まれて牙を剥くバンダーウルフの姿があった。俺が知る犬とは迫力が全然違う。


バサバサとした長めの毛は、緑や黄土色、茶色が入り交じった雉虎もようだ。大きな体を草原に馴染ませるために進化した色合いに染まっている。金色の瞳には微塵の親愛もない。

状態を低く保ち、鼻面にシワを寄せた顔は、野生そのものだ。

逃げる気など更々ないと言った好戦的な態度に、ナットさんたちは狩ることに決めた。


キャンベル族は、口をくわっと大きく開け、中から銀色の筒を取り出す。

あんな大きなものを、どうやって口のなかにしまっていたのだろうとオレは驚いた。


その両端をつかんで引っ張ると三倍くらいに伸びる。更に筒を巻紙のように広げると、ナットさんが上に寝転べるくらいの金属の板が出来上がった。

その板の上に仰向けに寝転び、四隅についた取っ手をつかむ。そしてくるりとうずくまり、体を丸めた。


すると、金属の板は柔らかに彼をつ包んで、無数に棘の刃が生えたイガグリのようになった。


「モーニングスター家の名の由来を教えてやれ!」


何処からともなく掛け声が上がった。

嫌な予感しかしない。そこで俺は、ナットさんの忠告通り近くの樹によじ登って避難することにする。


そこから見た光景は、凄まじいものだった。

銀のイガグリが高速回転でバンダーウルフに体当たりをかまし、その度に棘状のやいばは赤く染まっていく。

無数のイガグリが絶妙なコンビネーションで狼を囲いこみ、逃がさぬように攻撃を加えていった。

その動きは流れるようで、中心の凄惨な狼の姿さえなければ、群舞を見ているようだった。

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