第4話

「エルフ族の人ですね。初めまして、私はこの森の外れに住むキャンベル族のナット・シー・フォン・モーニングスターと申します。お庭を騒がせて申し訳ありません」


さっきまで怖いくらいに固まって警戒していたナットさんが、相手がこの森を治めるエルフだと知って丁寧な自己紹介をする。


その挨拶を受けてエルフも居住まいを正した。


「ようこそモーニングスター候。私はこの森を守護するカラスの一人です。コルージャと呼んでください」


森に溶け込みやすいように葉を重ねたようなマントを羽織り、複雑な緑に染めた髪には大きな鳥の羽がいくつかとめてあり、背中には弓矢、腰には剣をはいていかにも俊敏そうなしなやかな体つきをしていた。


色合いはこの間のバンダーウルフに似ているけれど、その姿はエルフに持つイメージの通り流麗だ。髪に縁取られた顔は白く、整った顔をしている。ただ、その鋭い瞳は油断なく俺たちを観察していた。


「俺はウチダ マサルと言います」


初めましてと頭を下げる。

他人の敷地内に挨拶もなしに入ったら不味いだろう。

遅ればせながらも挨拶をしておいた方がいい。


「ようこそマサル」


コルージャは俺たちを害の無いものと分かっていたみだいだけど、森を守る立場から少し警戒してもいたようだ。でも、実際に俺たちに話しかけて確信を得たのだろう。


あっけないほどすんなりと警戒の色を解いた。


「私も焚き火の和に入れてもらってもいいかい?」

「どうぞ、どうぞ。パンケーキはお好き?」


ナットさんが笑顔で迎い入れる。

立ったまま人を見下ろしているのも失礼だ。

俺はコルージャの隣へ再び座った。


「コルージャさんはどうしてここへ?」


普段は森の深いところにしかいないエルフが、未だ浅い森の縁に居ることをナットさんは不思議に思ったらしい。それに対してコルージャは丁寧に答えてくれる。


「私たちカラスは、常に森のなかを巡りながら様々なものを見張っているんだよ」


害を及ぼすものがあれば排除し、迷ったものは案内する。そうやって森を守っているそうな。


「あなた達に少し注意をしにきた」


ナットさんの差し出したパンケーキをありがたく受け取りながら、コルージャは少し怖い情報をくれた。


「この森には今トロルがいる」


言わずと知れた獰猛な岩の怪物の名前だ。

肉を好み人も食べる。確か、朝日を浴びると石に戻ってしまうんじゃなかったっけ?

そのトロルが最近森に迷い混んだらしい。


森でおとなしく暮らしているのなら、特に狩り殺したりはしないそうなのだ。行動範囲を見張るくらいで他の肉食動物と同じように放っておく。だが、何も知らずに森へ入った旅人には危険な生き物だ。


「ここからは遠いところで食事をしているから、今晩危険はない。ただし、ここから程近い水辺にはケルピーが出るから気をつけて」


ケルピーとは馬の姿をした幻獣で、やっぱり人を食べる。人懐こい綺麗な馬を演じて背中に乗るように誘う。けれど、乗ったが最後、川や湖の深みに連れ込まれて食べられてしまうそうな。

レバーが嫌いで食べ残すのが特徴らしい。


「モーニングスター候たちは、何処へ行く予定でこの森を通っているの?」

「ナットと読んでくださって結構ですよ。砦の町へいこうと思っています」

「それは、また遠いところまで」


俺たちが初めて旅をしていると知り、コルージャは森に居る間、時々様子を見に来ると申し出てくれた。すごく助かる。


その後パンケーキを食べながら、森の面白い話だったり、怖い話をコルージャに教えて貰った。


エルフって、もっと取っ付きにくい人なんじゃないかと思っていた。綺麗で賢くて、近寄りがたい高嶺の花的な雰囲気。けど、コルージャは確かに綺麗だし賢そうだけど、親切なお兄さんといった感じだ。


ナットさんが言うのには、彼が特別なのだという。

本来エルフは人とあまり関わりを持ちたがらないし、こちらが会いに行かない限りは相手にもしないらしい。

そう考えるとコルージャは少し変わっているのかもしれない。なにせ自分から俺たちの前に姿を現したのだから。


「さて、余り長居すると仲間がうるさい。私はこの辺でおいとまするよ」


『また明日の夜に来る』と、言い残して、やって来たときと同じく唐突に姿を消した。どうやったらあそこまで、さっと姿を消すことができるのか分からない。


「コルージャの言う《カラス》って忍者みたいなものなのかな?」


ナットさんは《忍者》を知らなかったので頑張って説明をする。

俺の世界で遠い昔活躍していた人々で、人間離れした身体能力と気配を消す術を心得た情報収集屋スパイです。

確か、そんなような説明をしたと思う。専門家じゃない俺にはこんな説明でも考えに考えた末話した内容なんだけれど。

合ってるよね?


ナットさんはしばらく首をかしげていた。


「まぁ、スパイではないですね。彼らは自分の森を守っているだけですから。でも、怒らせると怖いですよ。彼らはどこにでも潜むことが出来ますし、戦士でもありますからね」


姿の見えない脅威という点では、あなたの言う忍者と似ているのかもしれませんね。

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