第4話

お兄さんは俺をエスコートして椅子から立たせると、もう少し奥にあった大きな椅子に再び座らせた。

ひんやりと冷たい金属の椅子は、さっきの物よりずっと大きくしっかりとした作りだ。理由わけも分からず、促されるまま移動したが、電話は見当たらない。


さすがに俺も嫌な予感がしてきた。

ここはおかしい。どう考えてもおかしい。


お兄さんは微笑を含んだ柔らかな表情のまま、ローブの内側へ手を滑り込ませて黒い皮張りの箱を取り出した。てっきり携帯電話を貸してくれると思ったのだが違うようだ。その箱は厚めの単行本くらいの大きさで、留め金をはずすと片側に蓋が開くタイプらしい。


中から銀色の針金を一本取り出す。

それを俺が座らされている椅子の横にある台の燭台の明かりにかざした。針金はただの金属の棒ではなく、先端が研ぎ澄まされた針になっていた。太くて長い畳み針に似ているが、こちらの方がずっと大きい。艶やかな表面を蝋燭の光が滑る。


「これから貴方にいくつか質問をします。素直にお答え頂けたら、私も時間を取られずに済みますし、貴方も助かります」


俺が理解できたか問いかけるように、お兄さんは片方の眉をわずかに上げる。


何の話につながるのか見えないものの、言われた言葉は分かるので『はぁ』と気の抜けた返事をした。


「ありがとう。でも、貴方が素直に答えなかった場合」


黒いシーツお化けが素早く動く。

俺はいきなり背後から羽交い締めにあい、座っていた椅子のひじ掛けについているベルトで両手を固定される。さらに背もたれに縛り付けられた。


「え? 何!?」


薄らと心の底に積もった不安が途端に膨れ上がる。どう考えても異常な行動に、思わず声をあげる。不測の事態に絶対に理解が追い付いてこない。ガタンと乱暴に少し倒された背もたれ、それと同時に視界に入った天井に、ペンチやノコギリ、その他何に使うか分からない道具がぶら下がっていた。


禍々しく赤錆たそれら金属の棒が、これから起こることを匂わせるようにカチャカチャと震えた。


突然、左手に鋭い痛みが走る。

首だけ向け、押さえつけてくる腕の隙間からそちらを見れば、例のお兄さんが俺の手の甲に針を突き刺していた。さっと素早く刺すのではなく、痛みが続くようにじわじわと沈めていく。そのまま針は俺の手の平を貫通して肘掛けに突き当たる。


俺がもうパニックになって、椅子のなかで身を捩り暴れるのを、ふたりのお化けヤロウの手が押さえつける。


「このように痛い目にあいます」


まるで生け花のお手本を示すような、落ち着きのある手慣れたようすだ。今はもう見る者を恐怖に陥れるだけの微笑みのまま、お兄さんは淡々と俺に語る。


「針はたくさんありますけど、早く答えた方がいいですよ」


それでは、続けましょうか。

そう言って、お兄さんはもう一本針を取り出した。



誰の差し金で王の浴室へ忍び込んだのか?

国外の者か? それとも国内?

どのルートから城の内部へ忍び込んだのか?

ルートは誰に教えられたのか?


一方的な街頭アンケートのように質問は続く。答えようにも知らないし、答えたところで信じてはもらえない。俺の手の甲はグロテスクな針山のようになっていった。


困った子供を諭すような目で俺を見ながら、お兄さんはあらたに箱から針を取り出す。箱のなかに、あの針が一体何本入っているかなど想像したくもなかった。


「こんなことして、あんた達警察に捕まるからな!」


声が裏返る。

情けないがこんなことしか言えない。

痛みと恐怖で血の気が引き体が震えた。


「ケイサツ? 」


お兄さんは困惑した顔を他のシーツお化けへ向ける。

コミカルな仕草でお化けは肩をすくめた。


「まともな答えが引き出せないですね」

「捕まるような間抜けの割に強情ですね。じゃあ、少し趣向を変えてみましょうか?」


お兄さんは針を蝋燭の火に炙る。

端正な顔がおぞましい笑みに崩れるのをみて、俺は気が遠くなりそうだった。赤々と燃えていく針の先端に、恐怖を覚えて悲鳴に近い声をあげる。


「本当に何で此処に来たのか分からないんだってば!ここはどこなの? あんた達は誰なの!?」


どうにか逃げようと、ガタガタ椅子のなかでもがく俺を、どこまで本気なのかお兄さんは狂喜に燃える瞳で見つめる。


「そうですか、楽しくなってきましたね」


焼けた針の先端が、手の甲に突き立てられようとしたとき、俺の悲鳴を掻き消すように地下牢のドアが喧しい音をたてて開いた。


まるで絵本の中から抜け出たようなお爺ちゃん魔法使いが、慌ただしく入ってくる。


その人が。俺を見るなり喜びの声をあげた。


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