魔女と魔女

第1話

想像していた牢獄の暮らしとは違い。ここはなかなか快適で、私は結構楽しんでいた。牢とは名ばかり、鍵はかかっておらず、ミティさんやオーヌがいれば牢番に断りをいれて外へ出掛けることだってできる。

一風変わった宿泊施設みたいだ。

まぁ、もっと地下とかに行けば、凄まじいものが見られるのかも知れないけど、そんなものは知らぬが仏。好奇心は猫をも殺すというじゃないですか。


ところで、牢にいる意味あるんですか?

と、私を連れて帰りたいミティさんが不服そうに兵士に尋ねる。


「ルビーさんが城にいると、周りの人が分かっているだけで民衆は落ち着くのですよ」


と、困り顔で隊長さんは言った。

噂話を聞く人がみんな私の事を知っているわけではない。話しだけを聞けば怖がるのも仕方ないと思う。事件を起こした人物が、町中を何のマークもなしに歩き回っているとしたら、人々は不安を抱くに違いない。けど、お城の牢で兵士がちゃんと見張っていると知ったら、余計な心配はしないだろう。

そう言う関係で、すまないがもう少し我慢してほしいそうな。


罪に問われた訳じゃない私の自由を束縛されることに、ハディさんはひどく反発した。すべての人が約束されるべき権利だと、隊長と顔を合わす度に噛みついたいる。ミティさんやオーヌもあまり納得していないようだったが、私はそう言うことならもう少しここに居ても良いかなと思っている。

だって実際に何か危害を加えられているわけではないもの。


それを言ったら、ハディさんが目をつり上げて怒った。


「バカだねぇ! いいように丸め込まれてるんじゃないよ! 牢に入れられてるっていう噂だけで十分評判落とされてるんだよ!」


嫁入り前の若い娘の評判をどうしてくれるんだい!

腰に手を当てながら衛兵の詰所を見渡すように文句を言った。口で敵う相手ではないと、この数日で思い知った兵士らは、亀のように首をすくめて嵐が通りすぎるのを待っている。


「そう苛めないで下さいよ」


隊長がハディさんをなだめるものの、彼女の機嫌は斜めから戻ることはなかった。


「ふん。苛めてるのはどっちだい!」


そんなやり取りを、これから暫く見る日が続くのだろうなと思っていた矢先、砦の魔女から招待状が来た。


他国の魔法使いからも一目おかれ、恐れられている魔女とはどんな人だろう。

緊張した面持ちで、いつもとはちょっとようすの違う隊長さんに案内される。国政に使うのより、極私的な会見に使う謁見の間へおっかなびっくり通された。


部屋は確かに広いが驚くほどではない。

石組の壁に同じく石畳の床、一段高くなった壇上まで青い絨毯が一直線に延びている。同じく青いビロードのカーテンが掛かる台の上、設えられた重厚な大きな黒い石の椅子に、ほっそりとした華奢な女性が座っていた。


魔女を象徴するような、黒いエンパイアラインのドレスを身にまとい、黒い頭巾を被る頭には金のティアラを戴いていた。


髪の色はわからない。少し病的なほど白い顔、通った鼻筋、つり目がちな青い瞳の色は薄氷のように冷たく、遠目にも美人とわかる佇まいだが、人らしい暖かみは感じられなかった。

精巧な蝋人形と向き合っているように感じられるのは、ひとえに彼女の表情の乏しさのせいかもしれない。


私が部屋の中央まで進み出ると、両サイドの壁際に等間隔に配置された置物の甲冑が、突然ガシャガシャと捧げるように槍を構えた。


フルフェイスの兜の中身は空洞だ。

魔法で操られているのかもしれない。砦の女主が護衛を伴わずに、たった独りで部屋にいるのには違和感を覚えた。けれど、それは同時に一人でも身を守れるという自信に他ならないのかもしれない。


「……」

「え?」

「……が……」

「え??」


何これ全然聞こえない!?

ボソボソと聞こえる声と雰囲気から察して、奥の魔女さんが何か喋っているらしい。でも、声が小さくて全然聞こえない。


私が戸惑った顔をしていると、魔女はうんざりしたように目を伏せて手招きしてきた。

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