第4話
事なきを得て兵士が謁見の間を退出していく。
扉の向こうでどよめきが上がった。一回で成功した例がなかったのだろう。『お前良かったな!』『スゲェな!』等の労いさえ聞こえてきた。
--だから、何か対策考えなさいよ……。
「ルビーさん。貴女、良い人ですね」
「はぁ」
ドアの向こうから聞こえてくる兵士らのざわめきに、半ば呆れながら耳を傾けていた私へブリュイヤールの優しい声がかかる。
なんだろうと思っていると、魔女は口をへの時に曲げて涙を堪えている。
--急にどうしたっ!?
恐怖の魔女と噂される女性に泣かれそうになり、私は今の立場を忘れて玉座の傍らまで近寄ると彼女を慰めにかかった。
「な、何があったか知りませんが、話くらいは聞きますよ?」
するとブリュイヤールは、引き結んでいた口をワナワナと震わせた。涙がポロポロと流れ落ちる。
えぇ~っ?
何がどうして泣き出した?
私は動揺を隠せず、おろおろとハンカチを出して彼女の涙をぬぐった。『話してくれないと分かりませんよ?』座って視線を合わせ、彼女の言葉を待つ。そんな私の行為が彼女にとって心を開くに値したのだろうか。ブリュイヤールは驚くべき言葉を口にした。
「私、ずっと虐められているんです」
「はぁ~っ!?」
グシグシと鼻をすすりながら彼女のいうことには、砦でも城の中央でも、彼女の話を聞いてもらえないのだという。
「城の兵士ばかりか訪問した商人まで、私が普通に話をしているというのに何回も聞き直してくるんです。みんな皆私の事をバカにして許せない」
感極まったのかブリュイヤールはハンカチに顔を埋めてしまった。発作のようにしゃくりあげて嗚咽を漏らす。
この砦の片隅(牢屋)でしばらく暮らした者から言わせてもらうなら、彼女を恐れ敬う人がいても、小馬鹿にして虐めるような命知らずは一人もいなかったですよ。
彼らが揃いもそろって彼女の言葉をスルーしたり聞き返したりするのは、ただ単にブリュイヤールさんの声が小さくて聞こえないだけなんだけど。
と、言った所で彼女が信じてくれるかどうか。
雰囲気的にこれは無理な感じだな。長い間に凝り固まってしまった思い込みは早々解けるものではない。
この完璧なる誤解を解くにはどうしたら良いんだろう?
「私で良ければしばらく一緒にいましょうか?」
さっきみたいにしばらく私が間に立って話し合いの手助けをしてあげようかな。『いつまでも』は無理があるけど、彼女の誤解を解くだけの間なら何とかなるんじゃないかな。
ブリュイヤールは私の言葉に埋めていたハンカチからさっと顔をあげた。期待と喜びに輝く笑顔だ。
常にその笑顔だったら、確実に『恐怖の魔女』とは呼ばれていないと思う。それほど素敵な笑顔だった。
「私の味方になってくれるの!」
「え? うん」
味方も何も、この砦の人は皆貴女の味方ですってば。
けれど、今それを言っても説得は難しそうなので止めておこう。ひとつひとつ事実を彼女の目の前に積み上げて分かってもらうしかないよね。
あれ? て、事は。
私もうしばらく牢屋で暮らすことになるのかしら?
カッカと怒っていたハディさんの顔が頭に浮かび、後悔が押し寄せる。私を心配してくれたのに自ら延長戦に突入するとか……。
怒るよね~。
やっぱり怒られちゃうよね~。
***
その頃、巷にはこんな噂が真しやかに流れていた。
女神の泉より召喚された異界の少女が、恐怖の魔女に捕らえられ、砦の牢に監禁されているらしい。
と……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます