トイレに落ちた麗しの乙女

第1話

「わっ!ビックリした!」


昇降口の下駄箱の前、上履きを取り出していると、すぐ前で話し込んでいた少女が振り向きざまに怯えた顔をした。ヒソヒソと友達と会話を交わしたのち、まるで禁忌を避けるみたいにそそくさとその場を去っていく。


ルべ ハナコ16歳。

特技は気配を消すことです。目下絶賛イジメられ中。


こんなことは日常茶飯事なので、いちいち気にしない。白い上履きが攻撃的な言葉の殴り書きで彩られているのも通常運転だ。

誰に見向きもされず、透明人間のように教室まで移動する。時おりモーゼのように人だかりが左右に割れるのも、もういちいち気にしたりしない。


教室についても無言で席へ向かう、一時期は挨拶をしていたのだが、からかいの引き金にしかならないし、虚しいばかりなので言葉にするのをやめた。


椅子の座面に画鋲のスパンコールが輝いている。

少し前までは手で払えば片付けられたのだが、最近は瞬間接着剤で貼り付けてあるらしくて取れない。持参した座布団を敷いて構わず座る。

本を取り出して授業が始まるまで読む。割れたマグネットの欠片が飛んできたり、物好きが何か言ってきたりするが全てスルー。BGMのように流れる嫌味は、容姿の品評会から始まり、犯した小さなミスの年表を永遠と続け、何で学校に来るんだろうねと締めくくる。


私としては、逆にどうしてそこまで毎日のように他人をディスれるのか不思議でたまらない。

他の人の目にはどのように彼女達は見えているのだろう?


フツーに性格悪いよね?

それとも彼女達が言うように私の眼鏡がおかしいのかな?


相手にしたところで不毛な結果しか生まない。彼等は良い結果を導き出すために話し合いたい訳ではなく、虫けらを傷つけてサドな衝動を満足させたいだけなのだから会話をしても全く意味がないのだ。

それを色々な犠牲を払って学んだ。

もう一度学び直す必要などない。


1割の虐めっ子と9割の無関心が生むエスケープゴート。

それがイジメられっ子である。


先生にはいうだけ無駄なので、私はスルースキルと人避けバリアーを磨くことにした。一度相談したら、先生が事情スルーで無理にクラスの輪に入れようとしたり、ちょっかいを出してくるグループの子の説得を始めたため、虐めがより判りにくく陰湿になった。

更には『貴女にも悪いところが有るのでは』と逆に説教されてもう理由わけがわからん。


兎に角、もう人に何かを望むことは諦めて、学校卒業までの間を凌ぎきり、早く社会人になることだけを考えていた。不登校などするものか。

両親のためにも、自分の将来のためにも、学歴だけは取っておきたいと思う。


何で理不尽なやつらのために自分の未来を潰さなければならない?


まぁ、正直そうとでも思わなければ、この状況で学校に通えない。理由のない差別と迫害に、たった独りで立ち向かうのは言うほど簡単なことではないのだ。


友達など一人もいない。

なかには近寄ってくる人もいたが、クラスメートの負のディフェンスにあったり、共倒れする身の危険に恐れをなして去っていった。


それに何より私が心を開けなかった。

フグの群れがいて、その中の一匹が『俺は毒がないから安心して食べろ!』と言ったとして信用出来るのか? こちらはすでに毒に当たり続けているのだから、次が安全言われてもにわかに信じがたい。


それでも『いつか』、『次こそは』。

その言葉を希望の呪文にして今を生き抜く。


下校時刻になり、昇降口で靴に履き替えるためリュックから取り出していると。

(靴を靴箱に残すようなミスはしない。捨ててくれといっているようなものだ)


担任から声をかけられた。

何のようか話を聞けば、クラスメイトの一人に今日渡すはずだった書類を忘れていたので帰り際に届けて欲しいと言うのだ。何か学年会議があるとかで、先生は抜けられないのだそうな。頼むよと拝まれる。

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