第7話
その後、城下町のメイン通りを地響き立てつつ逃げ惑った俺たちは、夜中の騒ぎに起きだした人々の金切り声を浴びながら、どうにかこうにかナットさん達の待つ《不思議の森》へ帰還することができた。
俺は砂埃まみれで泥団子になってるし、ガガさんは焦げたハリネズミのようになってるし。混乱の中どうにかイメージできた女神の泉にたどり着いた時には、二人とも四つ這いにうずくまって一言も喋ることができなかった。
あの状況で集中できた俺を、俺は褒めてやりたい。
ちなみに移動酔いは今回なかった。酔ってる暇さえなかったんだよ。
口の中がぱさぱさの上にジャリジャリする。
俺は吐きそうになりながら、泉の水でうがいををして顔を洗った。髪の毛から砂埃が零れ落ちてくる。
ようやく喋れるようになって最初の一言。
「ガガさんごめんなさい。俺、首飾り使うのヘタクソで、変なところに出ちゃったから余計なケガさせちゃいました」
「いや~たまげた~。おめぇさん大丈夫だったかい?」
ガガさんに俺のせいで災難に巻き込まれたという気持ちはないようで、体に刺さった矢を抜きながら困ったように笑っている。
丈夫にも程があるなオイ!
「まぁ、おらたちのようなトロルが人間に近づくとこんなもんだ。だから隠れ谷の森で暮らしとったのに、気が動転してすっかり忘れちまってたなぁ」
ガガさんの森のトロルの間では約束事がいくつかあって、その中の一つに『人に姿を見られてはならない』と言うのがあるらしい。トロルってだけで、平和に暮らしていくのは大変な事みたい。
そのあと、俺たちはナットさんたちと合流して、再び話し合いをした。
それで、ひとまず俺が一人で城まで行って、ルシャン爺さんを連れてくることになった。思えば最初からそうすれば俺もガガさんも災難に合わずに済んだのに。誰だ連れて行くなんて言い出したのは。
俺だ。ごめん。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから待っててね」
「せめて夜が明けてからではダメなのかい?」
埃まみれの怪我だらけ、ぼろぼろの俺を見てコルージャさんは心配そうに止めた。
俺もそうしたいところだけれど、砦の街に女の子を迎えに行かなきゃならないからのんびりもしていられない。それに、不思議の森にいることがモモちゃんやガガさんにとって良くないと言うなら一刻も早く帰れる方がいい。
同じ魔法実験の被害者だと言うところが、放っておけないんだよ。
「移動魔法でルシャン爺さんを引っ張って来るだけだから大丈夫だよ」
俺は近くのコンビニへ行くくらいの気軽さで再び城へ引き返した。
ムイーシツァ城の城壁はたくさんの松明で赤々と照らし出されて物々しい雰囲気に包まれていた。たくさんの兵士が警戒して見回りをしており、壊れた橋には、臨時に丸太を組んだ筏のような橋が渡されている。
別に隠れる必要もないのだけれど、橋を壊し、騒ぎを起こした張本人としてはちょっと正面を通り辛い。そこで俺はルシャン爺さんの部屋へ直接移動することにした。
天井が崩れ覗く夜空に星が瞬いている。
瓦礫と壊れた棚と散らばった本で足の踏み場もない。そんな部屋にルシャン爺さんがいるはずも無く。
--困った。どうしよう。
こっそりと誰にも会わず、ルシャン爺さんと話したかったのに。
でも仕方がない。行先が分からない以上、知っていそうな人に尋ねるしかないか。
俺は爺さんの部屋から出ると、廊下に立っていた見張りの兵に声をかける。
兵士は幽霊でも見たように俺を見て驚いたが、『ご無事で何より』とすごく喜ばれた。やっぱりあれかな。ガガさんと居たことが噂になってるのかな?
「王様に会いたいんだけれど。案内してもらってもいいかな?」
「はい! こちらでございます!」
俺はどこか誇らしげな兵に案内されながら王さまの部屋へ向かった。
途中廊下でたくさんの人とすれ違ったのだけれど、皆俺を見るなりホッとしたような顔をしたり、まじめな顔で頷き、何か言いたげな様子をしたりした。
『あのトロルと闘った』『追い払った勇者』などと囁きが漏れ聞こえてくる。
ーーあれ……あれれ? 俺は戦って無いんだけど。
俺の知らないところで話に尾ひれがついてしまったらしい。噂話がどのようなストーリーに出来上がったのか知りたい。いや、やっぱり聞きたくない。
王さまの私室へ通された俺は、ものの数十分で目の前にいる人物が影武者であることを見抜いた。
俺がすごいんじゃない。影武者がヘボイんだ!
だって、あんなに慈愛に満ちた笑みで俺にねぎらいの言葉をかけて、落ち着きを払った王様なんて絶対偽物に決まっているだろうが!
「はっはっは。見抜かれてしまいましたか。さすがは勇者さま」
「で? 本物はどうしたんですか?」
「ルシャン様と特別な実験があるとかで、しばらく城を離れると申されておりました」
「実験?」
「はい。何やら久しぶりに楽しそうに笑っておりましたよ」
--なにそれ不安。
だって、爺さんの実験室には誰も……。
はっ! もしかして、がれきの下敷きに!?
「俺、ちょっと急用を思い出したから!」
兵士の呼びとめも聞かずに、俺は廊下を全速力で爺さんの部屋へと走った。
廊下に見張りはついていない。ドアに飛び込むなり叫ぶ。
「爺さぁぁん! 爺さん居る!?」
瓦礫の隙間や棚の下を探すもそれらしき痕跡はない。
--居ないよな? いないよねぇ?
一通り探し回り、大丈夫そうなことを確かめると、ため息をついてへたり込んだ。
良かった。潰れてたらどうしようかと思った。でも、冷静に考えてみれば先に城の人たちが確かめたはずだよな? もし、王様や爺さんが潰されていたら騒ぎはこんなもんじゃすまないだろう。騒いで損した。
でも待てよ。じゃあ、爺さんと王様どこへ行ったんだよ?
--ん?
ひび割れたガラスの温室の中、何かが光っている。
俺は注意しながら光の根源に近づいて愕然とした。光のもやを集めて作った薄っぺらなドアのような物が、壁も何にもない所へ浮かんでいたのだ。
説明されなくても分かる。たぶんこれが異界への門なのだと思う。
--なんだよ。閉じたんじゃなかったのかよ。
開いている異界への門。
極秘の実験を行うと言っていた爺さんと王様。
暫く城を離れるとの影武者への指示。
そして、居ない二人。
--まさかね。そんなまさかでしょ……?
「ジジィぃぃぃ!? ふざけんなよぉぉぉ!」
カッとなった俺は光のドアへ飛び込んでいた。
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