第3話

2日後、まだ1日早いというのに、待ちきれなくなった王様がルシャンの居室に現れた。

ジャージ姿に編み上げの革ブーツと言う、なんともアンバランスな格好だ。


「ジィ! もう出来たか?」


せっかちな台詞と共にずかずかと部屋へ入ってくる。と、ルシャンが温室の方で手招きをしているのが見えた。王様と揃いのジャージを既に着込んでいる。彼もまたジャージの上にローブを羽織り、先の尖ったペルシャ風の革靴をはくと言う妙な姿をしている。


側へ行くと、緑の空間にポッカリと穴が開いていた。その表面をペロペロキャンディー? 床屋の看板? のような幾何学模様が渦巻いている。


「おぉ~。本当に出来たんだな。さすがはジィ」

「まぁ、約束は約束だからね。一方的だったけど」


と、少し不機嫌そうに言う。


「そう怒るな。ところでもう行けるのか?」


仕事は前倒して片付けて来たし、いざと言うときの影武者も置いてきた。予の方は準備万端だぞ! と、ものすごく楽しそうだ。


「行けるよ。マサルがこっちに来るタイミングより少しあとの時間に着くようにしたんだけれど、どうだろうね?」


細かな設定は出たとこ勝負になっちゃうかも。などとぶつぶつ思考の内に入ってしまう。


「まぁ、行けば分かると言うことだな!」


取り合えず行ってみよう! と、穴に向かう王をルシャンが引き留める。


「ちょっと待った! あのね。未だ準備することがあるの」

「未だあるのか?」

「そうよ~。そんなにホイホイ簡単には行けないの」


あちらにはマサルの家族が待っている。

ルシャンも王もマサルの友達と言うことで通す事になっているのだが、何分オッサンと爺さんである。


マサルが旅立つ前にあれこれ質問した中から知ったのだが、マサルは学校とやらに通っていたと言う。そこは、同じ年齢のものがひとつ部屋で勉学に励むところらしい。ならば、マサルの友人は、彼に近い年齢のものが多いのではないだろうか?

そう思ったのだそうな。


「だからね。僕達少し若くならないと」


そう言うと、指をくるくるッと回して呪文を唱える。怪訝な顔で見ていた王様の姿がぼんやりと輝いて一回り縮んだ。ピッチピチだったジャージが弛くなるほどだ。体の変化に驚いて窓ガラスに写る自分の姿を確認した王はショックを受ける。


「あぁ〰、予の姿がイケてない昔の姿に!」


だいぶ筋肉の落ちた。いや、ほっそりとした金髪碧眼の少年が頭を抱えていた。断然今の方が良いとは……ルシャンも言えない。


次に自分に魔法を掛ける。

マルチーズみたいなお爺ちゃんから、ひょろっとした柔らかなくせ毛の少年になる。背は王様の肩より少し高いくらいだ。


「ジィは背が高かったんだな」

「青年の時はもっと高かったよ」


年取ると背が縮むからね~。と笑う。

いや、縮み過ぎだろう!


ともあれ、少年の姿になったふたりは異世界への扉を前に並ぶ。


「じゃあ、先ずは僕が入って確かめてくるから王様はその後からだからね。少し待って……」

「よし! いくぞ!」

「えっ!? 未だ待って! 先にいっちゃ駄目」


ルシャンの注意も半ば王様は飛び出した。

完全なフライングにその背中を掴むも、体格差に引きずられてそのまま扉の中へ入ることになった。


「話しは最後まで聞こうよぉぉぉ~」


ルシャンの抗議の声が穴の向こうへ遠ざかっていった。


***


「ひゃほーい! ほれ! ジィ! ハイタッチ!」


無事に穴を通り抜けて生還した王は、かなりのハイテンションでジィに両手を差し出す。


扉の中は高速滑り台のようだったそうな。目の回るようなスピードをお気に召したらしい。『もう一回やりたいな!』などと楽しそうだ。


一方、ルシャンはそれどころではない。かなりのスピードに翻弄され、膝に手をつき肩で息をしていた。

異世界転送がこんなに激しいものだったとは。心のメモに改良の余地ありと、忘れないように書き込む。


「ここが異世界か。ずいぶん狭い部屋だな」


植物の鉢植えが並ぶ部屋をアトスは物珍しげに見渡す。マサルの家族はルシャンのように、植物を愛でる習慣を持っているようだ。


「温室か?」


目の前にはドアがある。

あれを開ければ外の世界だ。


足下に敷かれた可憐な花柄のふわふわした敷物を踏みしめる。このように多彩な糸を入れた織物を見るのは初めてだ。よほどの技術をもった職人が作ったものに違いない。それを惜しげもなく温室の床に敷くとは。


「ふむ。マサルはそれなりの地位をもった貴族の子息だったのだろうか?」


王が顎に手を当てて考えていると、立ち直ったらしいルシャンが肩を叩く。


「まぁ、おいおいわかるよ。さて、マサルのご家族にご挨拶だね」


ドアノブに手を掛けた。



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