第2話

「ほら、草原に所々草のない場所があるでしょう?」


促されるまま、俺は草原を見渡す。すると、確かに言われた通り、公園の芝生のハゲみたいな穴をいくつか見つけた。


「あれはスライムが死んだ跡です」


酸性が強ければ強いほど、土地に影響を残し、スライムが死んだ後しばらくは草木が生えないのだそうな。


「時々見回って、中和するための粉を撒いてはいるんですが、なかなかね。全ては手が回らないんですよ。スライム狩りをする人が、ついでに撒いてもらえると助かるんですけどね」


と、ナットさんは言う。

狩ると草地がハゲるし、狩らなすぎると畑を食害されるし、困っているらしい。

ナットさんは領主らしい小言を漏らした。

モンスターって言っても、こっちの人たちからすれば野生動物みたいなもので、色々と大変なんだな。


他に鳥型のモンスターや、妙な捕食植物が居るらしいけど、それほど厄介な生き物ではないから大丈夫だそうだ。


遠く地平線に森が見えてきたあたりで、多くの荷馬車にすれ違うようになってきた。俺みたいな人だったり、ナットさんのようにキャンベル族だったり、乗っている人は様々だが、ナットさんを見るとみんな会釈をした。


「私の領民です。みんな王都や近隣の村に、食べ物を出荷しに行くのですよ」


やがて村が近くなり、素焼きの瓦屋根の連なりが見えてきたころ。草原が、果樹園や穀倉地帯へ姿を変え、ふわふわと毛玉のような人々が、仕事にいそしむようすが多く見られるようになった。


これはまるで、ジルバニアだ。

子供のころ、従弟のお姉さんが集めていた可愛らしい人形の家。

ジルバニアファミリーの世界だ。


石畳の道、無駄に可愛いガードレールや街灯。小さくてモフモフした生き物が、中世ヨーロッパ風のフリフリな服を着て通りを行きかう。そんなちっこい彼らに合わせて作られた町並みは、どこを切り抜いてもメルヘン。


ポカンと口を開け、街並みを見渡している俺に、ナットさんは笑顔で言った。


「ようこそ。スウィニードの町へ!」


俺はもう、幸せだ。

見渡す限りの毛玉、毛玉、毛玉。

どの街角を見てもやわらかい色合いの縫いぐるみみたいな生き物に溢れている。

領主のナットさんに気が付くと、子供は手を振って並走し、俺に気が付いた若いご婦人は、恥じらうように日傘の影に隠れたりした。


俺は手触りの良さそうなものに弱い。

布団売り場に毛布が並んでいると、全部の手触りを確かめずにはいられない。そういう男だ。いまも通りすがるふわふわの生き物を前に、触りたくてうずうずしているが、仮にそれをしたら犯罪になると思うので我慢する。

曲がりなりにも領主の客が、変態ではいかんでしょう。


商店でにぎわうメイン通りを過ぎ、重厚な白い門の奥、人工的に整えられた庭に建つ、こじゃれた雰囲気の洋館の前に馬車は止まった。


屋敷の前にはたくさんの人が待っている。

白い毛、黒い毛、茶色のぶち。様々な毛並みの獣人が手を振って歓迎してくれている。


「お帰りなさいお父様!」

「おじい様。お疲れになったでしょう」


俺の周りには、たぶん玄孫と思われるお子様たちが、人だかりならぬ毛玉だかりを作っている。


もう、ふわふわのモフモフだ。


俺は至福の笑みが変質者にならないよう注意しながら、子供たち一人一人を持ち上げて挨拶代わりの《高い高い》をしてやった。

疲れなんて問題にならない。手入れの行き届いたアルパカを撫でた時よりも、生まれたばかりの子羊を撫でた時よりも。トイプードルを撫でた時よりも。ヒヨコの群れに手を突っ込んだ時よりも。

俺は猛烈に感動している。


やばい。やばすぎる。マジで抱いて寝たい。

人さまの子を勝手に抱いて寝たら犯罪だけど。


「お疲れでしょう。奥にお茶の用意がございますから、どうぞいらして下さい」


ナットさんにそっくりな毛色の青年に案内されて家に入った。

彼らにベストな居住空間なのだろうが、俺はには少々天井が低い。身を屈めながら居間に入って隅のソファーに座ると、俺についてきた子供たちが、近い席から我先にと囲むように順に座る。


「こら。お客さまは疲れているんですよ。余りしつこくしてはいけないよ」


祖父に注意を受けた子供たちは、どうしたものかと俺を見る。


「いえ、大丈夫ですよ。喋ってるの楽しいし」


俺が助け船を出すと、子供たちは安心したように笑った。


「お兄ちゃん、名前なんていうの?」


膝の上に乗ってきた青い瞳の女の子が、俺に名前を聞いてきた。その雪のように白い長毛を撫でながら、俺が答えようとすると。隣に座っていた黒い毛の男の子が誇らしげに先に答えた。


「お前何にも知らないんだな! この人はな! 勇者マーサルだぞ!」


--えぇ!?


「わたしも知ってる! 勇者様なのよね」

「お姫さまを救いに行くんでしょう?」


クリーム色の短い毛をした姉妹が、口々にそんなことを言う。

すると俺を囲んでいた子ハム達は、きらきらと憧れのまなざしを一斉に向けてきた。


「ひい祖父ちゃんも一緒に行くんだって。王様がすごく褒めて、パレードまでしてくれたんだぞ!」


黒い毛の男の子はどうだといった風に、大人の会話から漏れ聞いたことを年下の八十子はとこたちに披露する。新しいことを聞くたび、子供たちの憧れは尊敬に昇華されていった。


すごい、すごいと褒めそやされて、俺は身体中がくすぐったくてたまらなかった。


ハードルをあげられちゃった気がするなぁ。

こんなに早く名前が知れ渡ってしまうなんて、やっぱり王様の影響力は半端ない。


って、いやいや。俺勇者決定なの!?


噂ってどこまで影響するんだろう。

他国にも行くのかな?

例えばこれから行く予定の砦の国とか。

いかないで欲しいな……。

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