第4話

ただ、本当にまれに不思議な毒をもつ人がいる。

恐ろしく猛毒なのに、聞き手を1つも傷つけない。顔の前で紙袋をパンッと叩き破られたような強いインパクトは有るのに、笑いしか出てこないのだ。

これは何度体験しても不思議だし、真似できない。


本音を上手く伝えられる技術のある人は、毒を貯めない。だからその人と話をするとき、いつもカラッとした印象を受けるのかもしれない。


私は言いたい時に言えなかった言葉が、心の奥で毒化してつもり続けている。どんなにうわべを優しげな言葉で隠しても、毒の香りまでは消せないものだ。


内面と表面の誤差が私の笑顔を嘘臭くしてしまう。

分かっているけど、どうしようもない。


客寄せの声をあげているハディさんに、先ほどの影はは微塵も感じられない。


「ハディは好き嫌いが激しいのかも、そのせいで誤解を招くことも多いんだけどね。本当は曲がったことが嫌いなだけの人だよ」


脅かしちゃってごめんね。と煙を燻らせながらミティさんが笑った。


「ところで、ルビーの故郷の場所が分かる人を探さないとね。帰り方まで分からないんじゃどうしようもないね」

「ルビー?」

「あんたの名前だろ?」

「私はルベです。ルベ ハナコ」


この国に《ルベ》などと言う名前の人はいないらしい。何度か言って聞かせるも、ミティにとって馴染みの無い名前は覚えにくいらしく。あだ名と言うことで《ルビー》と呼ぶことを押しきられてしまった。


なんだか、新しい自分になったような奇妙な感じだ。


「ん~。地図にはニホン何て国はないけどねぇ」


お茶を飲みながら、羊皮紙に描かれた地図とミティがにらめっこをしている。


「どこら辺とかわかる?」


彼女は私に向けて地図を見せてくれたけど、私の知っている世界地図とは全然違う。私は途方にくれた。ここは外国なんじゃないかと思い始めていたけれど、これはもう外国とか言うレベルではない。夢の中にいるみたいだ。そのくらい私の知っている世界とは違う。


穴に落ちただけなのに、こんなに遠い所へ移動するなんてことあるんだろうか?

絶対にない。でも、現実には起こっている。


「そうだ!」


何かいいことを思い付いたらしく、ミティさんがパンと膝を叩いた。


「《失せ物探し屋》に行こう!」


失せ物探し屋と言っても、よろず屋のように何でもお手伝いする《何でも屋》とは違う。無くした物のありかや、尋ね人の居場所、未だ見ぬ未来のお婿さんまで、何でも探し当てると言う《占い師》のことである。

こちらでは占い師を《失せ物探し屋》と言うらしい。


「あんたの帰る方法をさ、見つけてもらうんだよ!」


なるほど。もう《困ったときの神頼み》しかないとしたら、これが一番の方法なのかも。


「鉄は熱いうちに打て、よ! 今から……」

「はい! ミティ! お得意様がいらしたよ!」


今すぐに行こうと盛り上がるミティの勢いに、水を指すようなハディさんの声が響く。お茶屋の主人とパン屋の職人が、ドライフルーツや香草を買いにやって来たようだ。どちらも大量に買っていくので、店に出しているものではなく、麻袋につまったままのものを渡すらしい。いつも来てくれるお得意様なのだそうな。


「あんたも、悪いけど手伝ってちょうだいな」


とても出掛けられるような雰囲気ではなくなった。

あとはのんびり話す暇もなく、荷物をお客の荷車に積むのに忙しく動き回るはめになった。


服をくれたり、テントで休ませてくれたり。

お世話になっているのだから、このくらいのお手伝いはしておくべきだよね?


こんなに働いた日はない。と思う。

テントの荷物の山が半分くらい減り、寂しいくらいだ。つまりそれだけの量を売りさばき、お客の荷車まで運んだことになる。

もちろん、私よりミティさんの方が、たくさん運んでいたのだけれど。


気付けば、とっぷりと日は暮れていた。

あちこちでランプがともされ、テントが鮮やかな色にうち光る。上空から見下ろすことができたら、地上はさながら、灯籠に埋め尽くされた川面ように見えることだろう。

マーケットの賑わいは日が落ちても収まる気配がない。まるでバトンをつなぐように、昼は昼の店が開き、夜は夜の店が商いを始める。


昼の店であるハディの店は、今日と言う一日の幕を下ろした。


「あー! お疲れ!」


柔らかなクッションを置いた長椅子に倒れ込むようにして、ハディが店じまいを告げる。ミティも麻袋の上に仰向けに寝転んで背中を伸ばす。


「ミティ! 商品に寝そべるんじゃないよ! それのお陰でごおまんまが食べられてんだよ。粗末にしたらバチが当たるから」


「あ~。動きたくないぃぃぃ~」


同感だ。

重い袋を運び続けたせいで、腕はワナワナ、足はガクガクだ。本当ならこのまま眠ってしまいたい。


「夕飯食べに行くわよ。無理にでも食べないと明日もたないからね」


クッションにうつ伏せに倒れているハディさんが、顔も上げずにくぐもった声でいい、ソンビのようにゆらりと立ち上がる。


「ルビー! 頑張れ!」


ハディさんに引っ張り起こされて私も渋々起き上がった。『起こして~』と子供のように手を伸ばすミティさんに手を貸す。握力が限界。つないだ手が滑りそう。


三者三様、鉛のように重いからだを引きずって、飲食街までヨロヨロ歩いていく。

こんなに体を動かしたのはいつ以来だろう?

体は限界なのに、気持ちは何処か満たされていた。

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